「4年前、ひどく酔っ払って転んで、下手したら命に関わるような大怪我をして……、私、何やってんだろうって、つくづく思ったんです。40代半ばを過ぎて、細々と声優の仕事をやっていた時でした。でも、本当はもっとやりたいことがあるんじゃないか? と、どこかで悶々としていました。それで一念発起。映画美学校に通い始めたんです」
そこで映画作りの技術を身につけ、仲間を得て、ようやく完成したのが、瑚海みどりさんによる初の長編映画『99%、いつも曇り』だ。瑚海さんは、監督と主演を務めている。
主人公は楠木一葉(かずは)、45歳。現在職探し中ながらも、5歳年上の夫・大地(二階堂智)と、気ままな二人暮らしを送っていた。しかし母親の一周忌で親戚が放ったひと言「一葉ちゃんは、もう子供は作らないの?」をきっかけに夫婦の心は揺れ始める。年齢もさることながら、自身のアスペルガー傾向(発達障害グレーゾーン)を自覚し、苦しんできた一葉にとって、それは簡単ではない話題だったのだ。「私の子供も、私と同じようになってしまうかもしれない……」
一方、もう諦めたと言いつつ、子供が欲しそうな素振りを見せる夫。彼は職場の後輩に、親きょうだいと死別した自分には、妻しか家族がいないのだと打ち明ける。
そんな中、友人の紹介で養子縁組・里親制度を知った一葉は、夫には内緒で、ある極端な行動に走ってしまう――。
「一葉は、ある意味“かわいそう”で“かわいい”女性。以前、この2つは表裏一体だと言った人がいて、なるほど一理あるなと。と言うのも、発達障害があってコミュニケーションにやや難があり、いつも周囲に不協和音を起こしてしまう彼女を、単なる“綺麗事”として描きたくはなかったんです。私も、人から『アスペルガーかもよ』と言われた経験があるので人ごとではないのですが、今回、映画を作るために改めて調べて知りました。いま、発達障害で苦しんでいる人がとても多いそうです。だからこそ、一葉のキャラクターは慎重に造形しました」
一葉は、実にアンバランスな魅力に満ちた人物だ。正義感は強いが飽きっぽく、激昂しやすいが心優しく、理屈っぽいのに芸術的感性に溢れている。ただ、少し、ほかの人たちとのズレが大きいだけ。
「でも、そんなズレって、本来誰だって持っていますよね? 皆ちょっとずつズレている。アメリカの友人は、『こっちにはそんな人いっぱいいるよ』と笑っていましたが、それが自然なんじゃないですか」
と、早口でまくしたてる瑚海さんはパワフルそのもので、やっぱり少し一葉に似ている。
「それは皆に言われます(笑)。確かに劇中のエピソードは私由来のものも多いんですけど、監督として客観的にキャスティングした結果でもあるんですよ? ただ、変な行動力があるところは似ているかも」
瑚海さんの俳優としてのキャリアは、渡辺えりさん演出の舞台に立ったのがスタート。その後、天性の明るさとトーク力を買われてバラエティ番組のリポーターに抜擢。やがて結婚を機に活動休止。演技の仕事に戻ったのは40歳。そして、このたび51歳で映画監督デビューを飾った。
「まさか監督になるとは思っていませんでしたけど、自分がやりたいことをやるには、もうこれしかない! と思ったんです。日本には、私のような歳で無名の俳優が主演クラスで活躍できる映画なんて、そうそうありませんから。でも、無名でもいい俳優さんはたくさんいるし、海外では、中年以上の女性が主役を張る作品もたくさん作られています」
ドキュメンタリーのように、一人の“特別ではない”40代女性の日常を切り取った本作。ここに監督の狙いと確信がある。波乱万丈、天真爛漫な50代の新人監督にエールを。
さんごうみみどり/1972年生まれ、神奈川県出身。俳優・声優として活躍中。2020年より映画制作を学び、翌年、短編映画『橋の下で』で東京国際映画祭「Amazon Prime Videoテイクワン賞」審査員特別賞受賞。長編デビュー作となった本作では新人監督の登竜門である田辺・弁慶映画祭でグランプリを受賞している。
INFORMATION
映画『99%、いつも曇り』(12月15日公開)
https://35filmsparks.com/