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「実は精神的にもかなり影響が出るんです」周囲に当たり散らしてしまうことも…パーキンソン病当事者が抱える“怒り”のワケ

樋口了一(シンガーソングライター)――クローズアップ

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「最初は『主題歌を作曲してほしい』というお話で、僕は二つ返事でお引き受けしました。ところがその後、古新(こにい)舜監督から手紙が送られてきて、『主演も』と。驚きましたよ。何しろ、監督とは数時間一緒に過ごしただけの、しかも演技未経験の人間ですからね。でも、同じものづくりをする者として、これは、よほどの何かを感じてのことだぞ、と興味を持ってしまったんです(笑)」

 シンガーソングライターの樋口了一さんが、自身がパーキンソン病であると公表したのは2012年のこと。以来、難病と闘いながら、故郷の熊本を拠点として音楽活動を続けてきた。そしてこのたび、樋口さんは映画『いまダンスをするのは誰だ?』で主演を務める。役柄は、40代で若年性パーキンソン病と診断されたサラリーマン。パーキンソン病当事者による、日本初の主演劇映画である。

樋口了一さん

 実は本作の発起人の故・松野幹孝さんもパーキンソン病を会社に打ち明けられず苦悩した証券マンだった。物語は、そんな松野さんの実体験をもとに作られている。

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 主人公の馬場功一は、家庭をいっさい顧みない仕事人間。しかしパーキンソン病を患ってからというもの、職場ではトラブル続き。感情のまま周囲に当たり散らす功一は、上司や部下、ついには妻、娘からも見放されてしまう。

「彼は、演じている僕から見たって嫌になるほど怒りっぽい人。でも、その怒りがどこからきているかといえば、病気の不安や恐怖なんです。パーキンソン病は脳内のドーパミンが減ることで発症します。そしてドーパミンは安心感や安定感をもたらす物質。この病気は、“手が震える”“動きが遅くなり歩きづらくなる”など身体的な障害がよく知られていますが、実は精神的にもかなり影響が出るんです。僕の場合、それほど人に当たりはしませんでしたが、自分が情けなくて無力感に打ちひしがれていた時期も。ですから、功一の心情やふるまいは、当事者としてよくわかります。

 ただ、そうして周りを壊しているうちは、悪い形で跳ね返ってくるばかりなんですよね。逆に、周りを慈しもうと考えた途端、道が拓けてくる。功一も、病気を受け入れ向き合うようになって初めて、状況は少しずつよくなってくる。病気の有無はともかく、とてもリアルで普遍的なことを描いていると思います」

 どん底に陥った功一が出会ったのが、病気の症状をやわらげるために行う「ダンス療法」。意外にもこれが、心が離れてしまった家族との絆を取り戻すきっかけになるのだが。

「ダンスは相当練習しました。が、どうしたってキレキレのダンスにはならない。顔は無表情だし、動きはぎこちないし。まさにこの病気の特徴なんですが……。監督が意図しなかったリアリティが出てしまったかもしれません(苦笑)」

 一方、映画と同タイトルの主題歌の方はキレキレだ。80年代のロックを意識した曲調で、樋口さんいわく「明るく真面目に疾走する感じを出したくて。ストーリー的にも、功一のこれからの生き方にも、合った曲になりました」。

ひぐちりょういち/1964年生まれ、熊本県出身。93年、「いまでも」でメジャーデビュー。97年よりバラエティ番組『水曜どうでしょう』のイメージソング「1/6の夢旅人」を手がける。2009年、「手紙~親愛なる子供たちへ~」で日本レコード大賞優秀作品賞等受賞。全国に歌を届ける「ポストマンライブ」をライフワークに活動中。

INFORMATION

映画『いまダンスをするのは誰だ?』
10月7日公開
https://imadance.com/

「実は精神的にもかなり影響が出るんです」周囲に当たり散らしてしまうことも…パーキンソン病当事者が抱える“怒り”のワケ

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