芸歴57年の俳優・小野武彦さんが主演を務める映画『シェアの法則』が全国で順次公開される。

「お話をいただいたときは素直に嬉しかったですよ。実は、映画の主演は初めてなんです。テレビ、芝居、ラジオドラマでは経験があったからこれで全制覇。ありがたいことです。ただね、この作品は群像劇でもあるので“おれが主役だぞ”と力が入るような気持ちはなかったのですが」

 人懐っこい表情によく通る声。おなじみの小野さんが本作で演じるのは、税理士で仕事以外は全て妻任せの春山秀夫、72歳。妻の喜代子(宮崎美子)は自宅を改装したシェアハウスを運営しており、年齢や職業、国籍が違う様々な人を受け入れながら、常に笑顔を絶やさない65歳。

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 ある日、シェアハウスの管理を秀夫がしなければならなくなった。喜代子が事故で入院したのだ。赤の他人が起こす事件に秀夫は振り回されることになる。

「“先生”と呼ばれて町の人に頭を下げられる仕事をしている秀夫は、立場が安定していますよね。でも、だから世の中の変化についていけないところがありまして」

小野武彦さん ©2022 ジャパンコンシェルジュ

 引きこもりやDV、LGBT。自分の世界には存在しなかった問題が棲み処に持ち込まれるたびに面持ちを曇らせる秀夫。そのさまは、時代に適応できない、厄介なほど固陋(ころう)なオヤジとしてスクリーンにさらされる。

「誰だって秀夫のようにはなりたくないですよ。でも僕の中にも変化に柔軟に対応できない体質というのはあると思います。もっと言うと、それは同じ時代を生きる誰もが抱える課題でもあると思います」

《他人と生きることはこの世界では当たり前である。ということをこの映画は教えてくれる》

 映画監督の廣木隆一は本作を推薦する言葉としてそう述べている。「当たり前」へと向かう気持ちの第一歩。そのゆらぎを秀夫の表情が見せる。

「たとえば僕のおふくろの時代でいうと、女性が職業をもつことは稀でしたから映画監督をやっても話題になったものです。いまではプロデューサーでも脚本家でも女性が当たり前に活躍されていますよね。人間はそうやって価値観を更新しながら世の中を作っているんだなと思います」

 時代の先頭にも真ん中にもいない、一見するとつまらない男がそれでも主役であるのは、どこかで共感を掻き立てられるからだ。

「厄介者のオヤジを演じるのは嫌いではないんです。どこか身近で嘘がないから。それにヒーローみたいな人物は僕がやる役ではないでしょう? 僕がまだ若くて、長女が生まれた頃、役者の仕事がまったく不調でしてねぇ。もう転業するつもりで働く場所も決めていたんです。ところがそのタイミングで倉本聰さんが声をかけてくれた。渡哲也さん主演の刑事ドラマ『大都会』です。そこから、いただいた役を演(や)っているうちに、気がついたら81。ここまで続けられて、本当に恵まれていると思っています」

おのたけひこ/1942年、東京都生まれ。俳優座養成所、文学座を経て、70年代から映画、TVドラマで活動。76年から始まった刑事ドラマ『大都会』では、3シリーズにわたりレギュラーを務めた。その後『王様のレストラン』や『踊る大捜査線』シリーズ、『科捜研の女』シリーズなど多くの作品に出演している。

INFORMATION

映画『シェアの法則』
10月14日より全国順次公開
http://www.share-hosoku.com/