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 店内のざわめきは気になりつつも、わざわざ移動するほどの案件でもないと思い、その場で電話してみることにした。

 死亡記事の問い合わせ先となっていた尼崎市南部保健福祉センターの電話番号をグーグルで調べ、スマホから発信すると、すぐに男性職員が電話口に出た。

「あっ、タナカチヅコさんの件ですね」職員が女性の名を口に

「あの、昨年7月30日に官報に掲載された、尼崎市長洲東通ってところの行旅死亡人の女性の件なんですけど……なんか、めっちゃ大金持ってはった方で」

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 内容をうまく要約できないまま、まごまごしながら用件を伝えたにもかかわらず、男性はすぐに察したようだった。彼は間髪入れず、聞いたことのない女性の名を口にした。

「あっ、タナカチヅコさんの件ですね」

 タナカチヅコ? それがこの女性の名なら、身元はすでに判明しているのか。官報掲載から1年近く経過しているし、その可能性もゼロではない。だとすると、この職員は図らずも余計な情報を口走ったことになるのかもしれない。こちらとしてはありがたい話だ。そんなことを考えながら、電話が担当者に交代するのを待った。

 しばらくして担当だという別の男性職員が電話口に出たが、この件はもう尼崎市側では扱っていないので、対応できないという。

「タナカチヅコ」さんと思われる女性の写真(『ある行旅死亡人の物語』より)

案件の管轄は行政から弁護士に移っていた

 やはり身元が判明して、もう行旅死亡人という扱いではなくなったということなのか。

 それならそれで仕方ないが、せっかく電話したのだ。気になることは尋ねてみるべきだろう。

「実はさっき、タナカチヅコさんという名前だと伺ったんですが。この女性の身元は判明したんですか?」

「いや、判明してないですよ。こちらもいろいろ調べましたが、わからなかったので」

「でも、タナカチヅコさんって名前の女性なんじゃないですか?」

「……なんとも言えませんね。とにかく、この件は財産が残されているので、わからなかったなりに調べたうえで、家庭裁判所に相続財産管理人を申し立てて、選任されていますから。そちらの弁護士の方にすべて引き継いでいます。連絡先を教えていただけたら、弁護士の方に取材申し込みがあった旨、伝えておきますが……」