2020年4月、兵庫県尼崎市のとあるアパートで、女性が室内の金庫に3400万円を残して孤独死した。住所も名前もわからない身元不明の死者「行旅死亡人」として官報に掲載されていた彼女は、いったい何者なのか?

 ここでは、取材をした共同通信記者、武田惇志さんと伊藤亜衣さんの共著『ある行旅死亡人の物語』(毎日新聞出版)より、一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)

写真はイメージです ©iStock.com

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所持金約3400万円の行旅死亡人

「本籍(国籍)・住所・氏名不明、年齢75歳ぐらい、女性、身長約133cm、中肉、右手指全て欠損、現金34,821,350円

 上記の者は、令和2年4月26日午前9時4分、尼崎市長洲東通×丁目×番×号(注:原文では番地など表記)錦江荘2階玄関先にて絶命した状態で発見された。死体検案の結果、令和2年4月上旬頃に死亡。遺体は身元不明のため、尼崎市立弥生ケ丘斎場で火葬に付し、遺骨は同斎場にて保管している。

 お心当たりのある方は、尼崎市南部保健福祉センターまで申し出て下さい。

 令和2年7月30日 兵庫県 尼崎市長 稲村 和美」

 冒頭のわずか3行の間に、目を引く情報が詰まっている。約3400万円の所持金に加え、右手の指がすべて欠けているとは一体、どういう状況なのだろう。「玄関先にて絶命した状態で発見された」とあるから、おそらくは孤独死なのだろうが、何か異常なことが起こっているのではないか。行旅死亡人の所持金が平均でどれぐらいだか知らないが、2位の西成区の男性より1000万円以上も多いのだから、桁違いの額だということは想像できた。

実際の官報の記事。画像の一部を加工しています(『ある行旅死亡人の物語』より)

尼崎市南部保健福祉センターに問い合わせてみる

 とはいえ、掲載から1年近く経ってもニュースになっていないということは、すでに誰かが取材したもののニュースになるような話ではなかったのかもしれない。過去の経験から言っても、行旅死亡人記事には過度な期待はできないというのはわかっている。

 それでもせっかくだから、試しに電話で問い合わせるぐらいのことはしてみよう。もし役所の担当者が不在なら、それはそれで仕方ない。この案件とは縁がなかったということだ。