なるほど。相続財産管理人とは聞いたことのない役職だったが、ともかくこのタナカチヅコさんの案件は行政からプロの弁護士に管轄が移ってしまったということだ。となると経験上、取材は十中八九、ここでおしまいである。
ネタ探しは振り出しに戻ったと思っていたら…
もちろん、世にはマスコミに気さくに応対してくれる弁護士も少なくないが、どうしても分野が限られるというのが、私の実感だった。たとえば行政や企業を相手取った訴訟や無罪を争う刑事事件で、権力の不正を世に広く訴えたり、被害者の名誉を回復させたりといった、弁護士側にマスコミを使って広報するメリットがないと、見知らぬ記者に多忙な時間をわざわざ割きはしない。
ましてや、相手からの連絡を待てというのだから、これはもう遠回しに断られているようなものだ。職員には儀礼的にこちらの携帯番号を伝え、礼を言って電話を切った。
結局、ネタ探しは振り出しに戻ってしまった。しかし、そもそも尼崎市に電話したのも駄目で元々だったのだ。一服したらまたアイデアを練り直そう。そう思ってしばらく目を休ませていたところ、スマホが鳴った。
弁護士へのリモート取材が決まる
表示は06の市外局番。大阪市内のどこかの取材先からだろうかと思って画面をタップすると、相手は「弁護士の太田吉彦と申しますが」と切り出した。知らない弁護士だ。ひょっとすると、尼崎市が私の連絡先を教えたという相手だろうか。
「先ほど、尼崎市の方から電話をいただきまして。お話を聞きたいという記者さんがおられると」
やはりそうだ。まさか本当に、それもこんなに早く連絡をもらえるとは思わなかった。私はひとまず、タナカチヅコさんの件かどうかを確認した。
「ええ。私、弁護士を22年やってますが、この事件はかなり面白いですよ」
面食らった。この人はいきなり、何を言い出すのか。
いぶかしむ一方で、自分の中で記者としてのセンサーがきりりと反応し、背筋を伸ばした。