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「住民票は市役所が抹消している」現金3400万円を遺して孤独死した女性の“謎多き過去”…記者がつきとめた“驚きの新事実”

「住民票は市役所が抹消している」現金3400万円を遺して孤独死した女性の“謎多き過去”…記者がつきとめた“驚きの新事実”

『ある行旅死亡人の物語』より #2

genre : ライフ, 社会

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探偵を入れて聞き込みをしたが…

「警察が部屋に入って、身元を特定できる書類がない。でも、ただ本籍さえわかればいいんです。たとえ1人で亡くなっても、携帯電話や電話帳(住所録)に同じ名字の人物が記載されていれば連絡して、普通はたどり着ける。しかし、この方はそうしたものが一切ない。

 普通、近くのスーパーとか行ったらレシートが出るし、領収書ももらいますやん。それもほとんどない。郵便も全然、残ってない。誰かが捨てたんちゃうかな、なんて。とにかく普通じゃない。何にもない。本人が捨てる意味がわからんし。あえてわからんように暮らしていたとしか……何が何だか全然わからない。40年ぐらい住んでて、下の階のおばあちゃんも全然素性を知らない。指がないことさえも知らなかったんですよ。

 右手の指が全部なかったら、お財布からお金出せないでしょう? 『気がつくんちゃいますか?』と大家に聞くと、『いつも封筒の中に、きっちりの金額を入れて渡してきた。一度、水道代が足らへんときに、その場で財布でも出せばいいのに、また部屋まで帰って、きちっと持って戻ってきた』と言うんです。

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 近所の買い物についても、探偵を入れて聞き込みをしたんです。とにかく、誰か1人でいいんですよ。1人、親族の連絡先さえわかれば、あとはわかるんで。それさえわかればいいと思って、探偵を入れて聞き込みをしてもらったんですが……誰も知らない。

 普通じゃないぐらい、どこの誰だかわからん。警察もこんな例はないと言っていましてね。経験がない、と。変死事案でも、1人暮らしの人が亡くなるのは珍しくないが、ここまでわからんことはないという。

手がかりが全く出てこない奇妙さ

 もちろん、たまにはそういう方もいてるんですけどね。この人の場合は、お金を持ちすぎてる。年金手帳はあるけどもらってない。住民票ないんだもんね。

 一体、田中千津子って誰やねんと。さすがにこんな話、ないやろと思いませんか。

 3人姉妹っていう話もありますから、あと2人、きょうだいがいたとして、相続人がいるはず。僕の仕事は、財産が国庫に帰属するまでなんです。もし姪や甥が出てきたら相続人になってもらえるけど、もう国庫に帰属してしまったら取り返しつかへん。それで、もし後で彼らが出てきたときに『こんだけ頑張って調べましたので』と言えるように、探偵まで入れて調査したんですよ。裁判所は『警察が調べてるんだから、探偵なんかでわかるかい』という感じでしたが。普通に考えたら、年賀状とか何かあるんですよ。それで親族がわかって連絡取れたら、いけることがほとんどなんで。

 僕が相続財産管理人に選任されたのは、今年の2月15日です。もし3カ月前に選任されていたら、郵便転送をかけて年賀状からわかったかもしれないのに、とも思います。年賀状が来てたら、の話ですけど。とにかく、それぐらい悔しく思う気持ちで仕事を始めましたが、全然わからずで。手がかりが出てこないどころか、異様な感じがします。なんで労災保険を断ったり、年金を受け取らへんかったりしたんやろう。

2021年5月、太田弁護士が官報に出した「相続債権者受遺者への請求申出の催告」。画像の一部を加工しています(『ある行旅死亡人の物語』より)

 最近の自分の写真もない。携帯電話もない。留守電機能もない、古いプッシュ式の電話が1台あるだけで。それの請求書みたいなんは何枚か見つけましたが、生きてる間は全然、電話かけてなかった。1500円ぐらいの基本料を払い続けてるだけでした。普通の電話機やったら電話帳の機能があって、リダイヤルできるんだけど、その人のは古いプッシュ電話だからそれもできへんし。確認で電話局に履歴開示を求めても基本料しかなかったから、電話かけたことないんやなと思う。どこかから電話を受けていたのかどうかはわからないけど……それにね」

 太田弁護士は言葉を切り、何か銀色のアクセサリーのようなものを取り出して画面に映した。星形のマークが付いたペンダントだった。

ある行旅死亡人の物語

ある行旅死亡人の物語

武田 惇志 ,伊藤 亜衣

毎日新聞出版

2022年11月29日 発売

「住民票は市役所が抹消している」現金3400万円を遺して孤独死した女性の“謎多き過去”…記者がつきとめた“驚きの新事実”

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