住民票は「職権消除」されていた
「それも、自分から労災を断ったんです。平成9年(1997年)から、自分からいらんって、手続きしなかったんですよ。
でも、たとえ世の中との関わりを絶ったとしても、誰でも病気にもなりますやん。それで、警察はかかりつけの医者や歯科医を探して、大阪の歯医者に通っていたというところまではつかんだ。その大阪の歯医者っていうのが、保険証なしで治療を受けられる特殊な歯医者さんでしてね。一回、何十万円もかかるんですよ。健康保険証がない人専用の歯医者です。田中さんは、医者に行っても保険証がないわけです。
それで歯の治療を受けたとこまではわかったんですが、本籍地がわからないと身元は特定できないんですよね。現在は、国民総背番号制になりかけているだけなので、本籍地と名前と生年月日が必要なんです。
生年月日も氏名もわかっていてね……住民票さえあれば紐付くんですが、なんらかの事情で平成7年に抹消している。ショッケンショージョしているんです、尼崎市役所いわくね」
市役所の中にあるデータは職員さえも閲覧できず
ショッケンショージョとは聞き慣れない熟語だった。尋ねると、「職権消除」と書き、役所が自ら、職権で住民票を削除することだという。実態調査で住民票上の住所に住んでいないことが判明した場合などに、実行されるケースが多い。
「たとえそうでも、住民票の除票ってあるやないですか。引っ越しをして住民票が消除されたら、除票になりますよね。だけど、除票も保存期間を過ぎるとなくなってしまう。
それでも市役所のデータの中にはあるはずなんですが、市民課じゃ見られなくなっているそうです。田中さんの住民票が職権消除された経緯についても、職員が閲覧できなくなっている。
とにかく、労災の障害年金を断って、何をして暮らしていたのかわからへん。そんな状況の中、3400万ぐらいの現金を、見えるところにあった金庫に入れて、くも膜下出血で亡くなってね。死後2週間ぐらい経った状態で、大家さんが部屋に入ったら亡くなっていたのがわかったんですよ。でも、そこまでだったらまあ、ない話じゃないでしょう」
ここまででも十分珍しい話だと思うが、まだ本題が先にあることがわかって、目眩がした。
話の行き着く先が全く見えず、彼の語りにただただ、身を任せた。