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「金正恩暗殺工作」に色めき立った北朝鮮…謎に包まれた「犯人の正体」は

2024/01/02
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犯人として動画に登場した男

 北朝鮮が運営するウェブサイト「我が民族同士」も23分余の動画を配信。犯罪の証拠として、連絡に使われたタブレットや衛星電話などを公開した。そこには、犯人として平壌市民のキム・ソンイル(1971年3月生まれ)が登場した。

 動画は、都希侖氏が国情院の指示で2014年6月にハバロフスクにいたキム・ソンイルに接近し、買収したと主張した。キム・ソンイル自身も実際、インタビューに答える形で、事件の経緯を語った。この動画は1週間ほどで削除された。

犯人として登場した平壌市民のキム・ソンイル氏(北朝鮮が運営するウェブサイト「我が民族同士」より)

 都氏がチェと接触した経緯とそっくりで、タブレットや衛星電話にも思い当たる節があった。都氏は「チェは大学で化学工学を専攻していたと話していた。生物化学物質を使ったテロもありうる話だと思った」と語る。

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 一方、動画で流れてくるキム・ソンイルと名乗る人物の声も外見も、チェとは同一人物とは思えなかったという。「チェはもっと太った感じの人間だった」という。北朝鮮で最高指導者の暗殺を企てれば、事件の背景を探るため、当局から厳しい拷問を受けるだろうし、どんな状況であろうと死刑は免れないことは、誰にでも容易に想像できる。

 でも、動画のキム・ソンイルと名乗る人物は特段、拷問を受けたような様子もなく、落ち着いた様子で淡々と事件を告白していた。あるいは、チェが収録に耐えられない状況だったため、代役を立てたのかもしれない。

なぜ情報が漏れたのか

 国家情報院の前身・国家安全企画部で1993年から2000年まで勤務し、現在は米ペンシルベニア州に住む金基三(キム・ギサム)弁護士が元同僚や専門家などから得た証言によれば、2015年3月に国情院長に就任した李炳浩(イ・ビョンホ)氏が、軍出身で安企部工作機関に在籍した経験もあり、「金正恩暗殺」を思い立ったという。

 15年8月から暗殺工作を本格化させたが、暗殺を承認した朴槿恵大統領の弾劾手続きが始まったため、2016年末ごろまでに暗殺工作の推進が難しくなり、李院長が17年5月に退任して終わったという。

 なぜ、この暗殺工作が北朝鮮側に漏れたのか。金弁護士は北朝鮮が暗殺工作を知るに至った理由について、17年5月に誕生した文在寅政権の大統領府高官が関わった可能性があると主張する。

 高官は常に北朝鮮と連絡を取り合っていたという。金弁護士は親密な関係の背景の一つとして「高官は文政権発足前、民間人だった時期に独自に得た情報から、金正恩暗殺工作の動きを知り、北朝鮮に漏らした疑いが持たれている」と語る。