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「金正恩暗殺工作」に色めき立った北朝鮮…謎に包まれた「犯人の正体」は

2024/01/02
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過激な言葉も口にした

 そして、信頼関係ができてくると、チェは過激な言葉を口にするようになった。チェは「金氏王朝の権力を除去すれば、北朝鮮は自由な社会になる」と語った。ソ連やルーマニアなど、過去の独裁政権がどのように倒れたのかも知りたがった。チェはこうした体制打倒を目指す仲間もいると説明した。秘密を守るため、信頼できる少数の仲間と行動していると語っていたという。

 やり取りが2年ほど続いた後、チェは北朝鮮に戻ることになった。チェは2つのことを提案した。1つは「ヒョン(兄貴)は、北朝鮮の人権問題をこれからも全世界に広く伝えて欲しい」というものだった。

 もう1つは「ヒョンにはできないことがある。だから、韓国政府とつないでくれないか」というものだった。チェは何をしたいのかは明言しなかった。都氏は「金正恩政権を終わらせるためには、韓国政府に頼るしかないと思ったのだろう。チェが何をしたいのか、何となくわかっていた」と語る。

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©️iStock.com

最後の会話

 チェが北朝鮮に戻った後の2016年9月ごろ、平壌から衛星電話でソウルの都希侖氏に連絡が来た。チェは言葉少なに「仕事はうまくいかなかった」と語ったという。韓国も同年10月から、北朝鮮に強硬な姿勢を取っていた朴槿恵大統領を弾劾する動きが活発になった。都氏は「韓国の雰囲気も良くない。あまり韓国に大きな期待はできない」と答えた。

 それが、最後の会話になった。2017年1月ごろまでに、チェが逮捕されたといううわさが流れてきた。

 北朝鮮が金正恩氏暗殺計画について暴露したのが2017年5月5日のことだった。朝鮮中央通信は国家保衛省の報道官声明として「米中央情報局(CIA)と国家情報院が我が最高首脳部(金正恩氏)に対し、生物・化学物質によるテロを準備していた。その犯罪一味が摘発された」と主張した。

 声明は、「CIAと国情院が2014年6月、ハバロフスクの北朝鮮労働者を買収したと説明。その後、われわれの最高首脳部に対する反感と復讐に燃えたテロ犯に変身させた」と指摘。「生物・化学物質を利用した暗殺方法などを教え、2度に分けて2万ドルの資金と衛星送受信機器を渡した」と主張した。