演技指導ではなく環境作りを
今、歌舞伎界では演目ごとに「こうしなさい、そうじゃない」と厳しく指導することが一般的なようです。でも、私は何もしません。言ってしまえば、演技は環境。勝手に覚えるものです。私にできるのは、勝手に覚えられる環境作りをすることです。
私もそうやって育てられたんですよ。父は大きな土壌で、私を放し飼いにしてくれました。許容量の幅が人と違う広さを持つことができたのは、父の土壌の中で野放しにされながら、最後にはその土壌を超えて遊び切ったからです。だから私も子供たちにはそういう環境を与えて、「出て行っていいよ。弾けていいよ」と。
細かい技術は勝手に学べます。将棋で言えば、振り飛車にしても棒銀にしても、教科書を読めば誰でもわかるように、歌舞伎でもそうした基本的な技術を教えても仕方が無い。「見得はこう切るんだよ」と言ってしまえば、それで終わりです。私が何もしなくても、子供ができるようになる環境を作ってあげることが何より大切だと思っています。
次の世代に“伝統の荷物”を渡す
最近の勸玄と麗禾を見ていると、2人とも年齢以上の高いハードルを乗り越えてくれていると感じます。取材の場なんかでも、麗禾は大人顔負けの言葉選びができるようになってきたし、勸玄も負けないように一生懸命追いつこうとしている。
彼らは今、本当に大変で、12月に京都の南座で「吉例顔見世興行」に出て、1月からは「平家女護嶋」、2月には御園座で「襲名披露興行」に出る。普通の子だったら「無理ーッ!」と、いっぱいいっぱいになるところですが、弱音や愚痴を言わず、焦った様子もない。2人とも揃って「なんとかしよう」という心構えになっています。今までの環境作りがある程度成功した証だと考えています。
伝統文化とは、次の世代に“荷物”を渡していくことです。私は「歌舞伎十八番」や「新歌舞伎十八番」など、父から“伝統の荷物”をたくさん預かってきました。子供たちが成長できる環境を維持しながら、次の世代に少しずつ、“荷物”を渡していきたいと思っています。
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市川團十郎白猿さんの「私が大切にしている10のこと 舞台の裏方さんの意見に耳をかたむける」全文は、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
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