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 角川 この映画を見て、そんな意見を言う人がいるんだ。

 石井 やはり福祉関係の方からの拒否反応はありました。

 角川 それは興味深いね。

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 石井 作中では職員が入所者に対して、無理やり部屋に押し込めるなど、虐待を行うシーンもあります。それに対して、インターネット上ではありますが、関係者が「こんな暴力はウチの施設では無いし、聞いたこともない。絶対にありえない」と。

「見学させてください」と正面から頼んでもダメ

 角川 でも、映画を作るにあたって、いくつもの施設を実際に見に行ったんでしょ。

 石井 はい。可能な限り取材しましたし、スタッフや俳優たちは実際に支援に携わりました。施設にはいろんなタイプがあります。通所施設という、デイケアのように朝行って夕方帰ってくるタイプもあれば、やまゆり園のように何十年もそこで暮らすこともある入所型の施設もある。映画には実際の障害者の方にも出演して頂いていますが、和歌山県内の様々な施設の方々に協力してもらいました。

 でも、この映画に協力してくれたのは日々悩みながら改善努力をしている一部の施設です。多くの施設は、「見学させてください」と正面から頼んでもダメでした。もちろん、企画の内容も影響していたとは思うのですが。

 角川 じゃあ、どうしたの?

 石井 福祉関係の協力者の方がいて、「ウチの施設の全てを見てください」と、こっそり施設に入れてくれるケースがありました。とある入所型の施設でしたが、自分の価値観がひっくり返るぐらいの光景を見ました。

 内部告発された映像も見ました。職員が衣服を洗濯したり、掃除をするのが面倒だという理由で、全裸での生活を強いられている入所者の方がいました。その施設は当時でも改善傾向にあるということでしたが、それでも衝撃を受けました。

 角川 映画でもそういった入所者が出てきていた。

 石井 はい。映画の中での施設内の出来事は、基本的に見たものしか描いていません。劇中で糞便まみれの部屋がありましたが、実際に僕が見た光景です。このまま映画にしても、信じて貰えないだろうなというぐらいの劣悪な施設もありました。「こんな施設は無い」と指摘されることがあるのですが、想像を超える現実は間違いなくあるんです。

 先ほど角川さんがおっしゃったことと一緒だと思いますが、閉鎖的な環境の中では、時に人は想像を超えるようなことをする。そう確信しました。

 角川 植松の事件から何年も時間が経ったのに。

報知映画賞で助演男優賞を受賞した磯村勇斗 ©『月』製作委員会

 石井 いまだに障害者施設での虐待、暴行事件などの問題は、たびたび報道されています。もちろんすべての施設ではないですが、意識を変えられていない施設は少なくないのではないでしょうか。そしてこれは、なにも施設だけの問題ではなく、社会全体の問題ということです。

 もう一つあるのは、重度知的障害者施設の入所者は、自分で声を上げられないということです。例えば角川さんは拘置所を出てから、自ら手記を公表することが出来ました。しかし、重度の知的障害者の方々は被害を告発することが出来ません。そのことが、職員による虐待をエスカレートさせているのではないかと感じています。

石井裕也氏と角川歴彦氏の対談全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています。