相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で、元職員の植松聖が、入所者19人を殺害した事件に着想を得た作家・辺見庸の同名の小説が原作の映画『月』。『舟を編む』『茜色に焼かれる』などの作品を手掛けてきた石井裕也氏(40)が監督を務め、主演は宮沢りえ。オダギリジョー、二階堂ふみらが脇を固め、磯村勇斗は障害者たちを殺傷する事件を起こす青年「さとくん」を演じた。映画は公開当時から話題となり、12月11日の報知映画賞で作品賞、助演女優賞、助演男優賞の3部門を獲得。そして12月27日に発表された日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞では、作品賞、監督賞、助演女優賞(二階堂ふみ)、助演男優賞(磯村勇斗)の“4冠”に輝いた。

 

 撮影にあたって石井監督は、複数の知的障害者施設を取材。「このまま映画にしても、信じて貰えないだろうなというぐらいの劣悪な施設もありました」と映画の企画者・角川歴彦氏(80)との対談で明かした。


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21世紀型の事件

 角川 植松の事件は、当時ニュースで見て、21世紀型の事件だと思ったんです。前に辺見さんが秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大について、こんなことを言っていました。フランスの哲学者のジャン・ボードリヤールが「われわれはみな携帯電話を内蔵した存在になった」と90年代に書いていたけれど、その通りの現実になってしまった。コミュニケーションが成り立っているようでいて、「重大な混信状態」に陥っている。そんな世代が起こした事件なのだ、と。

 実際、加藤は携帯依存症で、何度も何度もネットに自分の考えを書き連ねていました。最終的に加藤はネットへの書き込みの反応が薄かったことから、徐々にエスカレートしていって、事件を起こすことを決意。その行為を正当化する思考になってしまった。

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 もちろんディテールは違うけれど、植松の事件も、京都アニメーション放火殺人事件の青葉真司にも通じるものがある。他の人が見ると理解しがたい論理構成なのだけれど、自分の中で、「これはいいことなんだ」という結論に至ってしまう。

角川氏がKADOKAWA会長時代に『月』の製作はスタートした ©文藝春秋

 石井 植松が何故あんな凶行に及んだのか、世の中は理由を求めました。僕も映画を作るにあたって、手に入る資料は可能な限り読み込みました。小学校の時に障害者がいなくなればいいという作文を書いた、母親がホラー漫画家だ、大麻を常習していた……でもどれも違う気がしたんです。今回の映画で問題にしたかったのは、彼のパーソナリティーではありません。彼が持つ思想や考えはこの社会の産物であって、ごく普通に、誰しもが持っているのではないかということでした。

 角川 いまの時代の若者は、もちろん全員ではないけれど、さとくんになり得るのかもしれない。

 石井 僕がこの映画でやったのは、さとくんを「ごく普通の人間」に見えるように置き換えていく作業でした。辺見さんも恐らく、同じようなイメージで小説を書かれていたと思います。

『舟を編む』で日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞している石井監督 ©文藝春秋

 角川 主要な登場人物がみんな、何かしら心に傷を負っているというのも、現代的な問題だと思いましたね。子供を幼くして亡くした宮沢さん、オダギリさん演じる堂島夫妻、父が浮気していて小説家志望だけど書けない二階堂さん演じる陽子。

 でも、さとくん以外の3人は、一線を超えずに踏みとどまっていて、再生の物語にしている。それは監督の脚本の見事さだよね。最後、堂島昌平が製作したアニメーション作品が賞を受賞するシーンが僕は好きでね。たった5万円の賞金だけど、躍り上がって喜びを表現する。あんないい顔をしてくれるなら、僕も5万円をあげたくなった(笑)。後味の良い作品になっていると思う。

 石井 そう思って頂けて良かったです。