「司法殺人」

 昨年12月27日、こんなワードが韓国語圏のX(旧Twitter)でトレンドに上った。同日午前10時過ぎ、韓国人俳優イ・ソンギュン(享年48)の自殺が報じられてから数時間後のことだ。

 イ・ソンギュンは同年10月24日に麻薬を使用した容疑で起訴され、マスコミや過激なゴシップ系YouTuberなどの猛烈なバッシングに晒された。だが本人は一貫して潔白を主張。体毛などの精密鑑定でも、警察が主張する時期に麻薬を使用していなかったことが裏づけられていた。捜査が強引だとする批判は早くからあったが、それが最悪の結果を迎えた形だ。

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 イ・ソンギュンは1975年生まれ。180cmの長身で紳士的な風貌、低音の美声、そして共演者を引き立てる堅実な演技で、スター俳優の地位を確立した。好感度の高い広告タレントとしても親しまれ、韓国でトヨタのCMモデルを務めたこともある。2009年に俳優のチョン・ヘジンと結婚し、同年と翌々年に2児をもうけた。

「パラサイト」に出演したイ・ソンギュン ©時事通信社

 とりわけ海外で彼を有名にしたのは、米アカデミー作品賞に輝いた映画「パラサイト 半地下の家族」(2019年)だ。貧しい一家に “寄生” される上流家庭の父親役を好演し、世界に存在を印象づけた。それだけに突然の悲報は、欧米、中東、アジアなど各地の主要メディアを騒然とさせている。

イ・ソンギュンは「過剰な捜査」の犠牲者?

 12月29日には、米CNNが「『パラサイト』のスター俳優の死が、韓国スターの直面する抑圧を照らし出す」と題した記事を配信。捜査の問題点を指摘しつつ、経緯を次のように要約した。

「イ・ソンギュンの死は、彼が違法麻薬使用の捜査を受けているなかで起こった。韓国の保守政権は麻薬の摘発を推し進めており、警察は結果を出すよう圧力をかけられていた」

アカデミー賞も獲得した「パラサイト」

 韓国も日本と同じく、大麻を含む麻薬全般に対して非常に厳しい。だが2010年代からオンライン取引の匿名ツールが普及したこともあり、薬物の蔓延が社会問題化していた。

 2022年5月に就任した検察出身のユン・ソンニョル大統領は、同年10月に「麻薬との戦争」を宣言して各司法当局に特別対策を指示した。だがその意向を受けて実績を急いだ警察が、過剰な捜査に突き進んだという見方だ。

 警察によると、事件のあらましはこうだ。

 仁川港経由の麻薬流通を調べていた仁川警察は、ソウル・江南地区の遊興店従業員の女性A子が麻薬を使用したとの情報を確保。そして昨年9月、イ・ソンギュンら複数の芸能人が薬物を吸引していたというA子の供述を得た。