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わいせつ行為について一切争ってこなかった

 5月、松戸簡易裁判所で裁判が始まった。

 口頭弁論が3回開かれたが、村越は一度も姿を見せなかった。かわりに、便箋に鉛筆書きの稚拙な答弁書を提出してきた。

 奪った下着についてはこう弁明した。「転居のさい焼却炉で燃やしたため、『ない』です」「『もらっていい?』とたずねていて、本人はうなずいていたので、『無理やり』とは……(内心、いやだと思っていたのでしょう)」

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 栗栖は準備書面で、キスやフェラチオといった性被害の具体的内容を書いた。村越にとっては重大な暴露となるため、争点になるのではないかと栗栖は身構えていた。だが、村越はわいせつ行為について一切争ってこなかった。

 裁判で争わないということは、被告側がその事実を認めたと解される。裁判官は栗栖にそう説明した。判決文にはあえて書かないのが通例だ。しかし最後の口頭弁論の際、裁判官が中学時代のことも認定したほうがいいかと栗栖に尋ねてきた。栗栖が下着そのものより、事実認定を重視して提訴したことを察してくれたようだった。

 栗栖は判決までに複数のメモを残している。「裁判ってマジでストレス」「身体がもたない」「判決前に死にたくなる人がいるのわかる」。訴訟の精神的負担は甚大だった。出廷しない村越には、逃げるばかりで何を考えているのかと、怒りを通り越して呆れた。

判決に記された「原告の人生を破壊した」

 9月、判決が出た。

 主文は「被告は、原告に対し、白色の男性用ブリーフ1枚(略)を引き渡せ」。

 主文の下には5ページにわたる「事実及び理由」があった。栗栖が自ら調査したメールの虚偽などを根拠に、下着を捨てたという主張は信用性がないと断じていた。

 そして、わいせつ行為などの事実だけでなく、栗栖が長年抱えてきた苦悩まで認められていた。「被告によるスクールセクハラ行為は、原告が人生で様々な幸福な経験をする機会を奪い、原告の人生を破壊した」と。

判決の主文

 村越が控訴することはなく、判決は同月確定した。

 栗栖は、確定したら自分が飛び上がらんばかりに狂喜することを想定していた。しかし実際には涙も出ず、半日経ってようやく、じわじわと湧き上がる喜びを噛みしめた。

 後日、村越から現金書留が届いた。判決で命じられた訴訟費用の送付で、裁判の答弁書と同じように、便箋に鉛筆書きの短い手紙が添えられていた。以下が全文だ。

「大変遅くなり、すみません。裁判所の方に送ってしまい、受けとりに行って、遅くなってしまいました。振り込み先をメールできいて、と思ったのですが……。本当に迷惑をおかけしました」

村越からの手紙

 栗栖は「裁判所までお金を取りにいける元気があるのに出廷しなかったのか」と再び呆れることになった。その頃、筆者は村越の主張を聞こうと自宅を二度訪ねたがインターホンに反応はなく、手紙を送ったが、返答はなかった。同時期には市教委も再調査依頼を送付していたが、やはり返答がなかったという。

 結局、村越が性暴力を直接謝罪することはなかった。栗栖は顔をしかめて言う。

「やり過ごせばいいという認識なのでしょう。教育委員会の呼び出しは無視すればいいし、取材を受けなければ名前が出ることもない。裁判に敗訴したって、慰謝料を取られるわけでもないし、逮捕されないからいいかくらいに思っているんじゃないでしょうか」

 栗栖が中学時代、村越から何度も聞かされたことの一つが“逮捕”という言葉だった。お前が人に言えるわけがないから、おれは絶対逮捕されないんだ、というものだ。栗栖は今、その言葉の意味をこう捉えている。

「そこまで自信をもって言い切れるというのは、私の前にも言えなかった子がいるんだろうなと感じます。性犯罪者は反復継続する傾向がありますから」

 そして教師である限り、その後も反復継続するのは容易だったろう、とも。

本記事の全文、および秋山千佳氏の連載「ルポ男児の性被害」は「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

 

■連載 秋山千佳「ルポ男児の性被害」
第1回・前編 「成長はどうなっているかな」小学校担任教師による継続的わいせつ行為《被害男性が実名告発》
第1回・後編 《わいせつ被害者が実名・顔出し告発》小学校教師は否認も、クラスメートが重要証言「明らかな嘘です」
第2回・前編 中学担任教師からの性暴力 被害者実名・顔出し告発《職員室で涙の訴えも全員無視》
第2回・後編 《実名告発第2弾》中学担任教師から性暴力、34年後の勝訴とその後「ジャニー氏報道に自分を重ねる」
第3回・前編 《実名告発》ジャニー喜多川氏から受けた継続的な性暴力「同世代のJr.は“通過儀礼”と…」
第3回・後編 《抑うつ、性依存、自殺願望も》ジャニー喜多川氏による性暴力 トラウマの現実を元Jr.が実名告発
第4回・前編 「なぜ今さら言い出すのか」性被害を訴えた元ジャニーズJr.二本樹顕理さん 誹謗中傷に答える
第4回・後編 「ジャニーさんが合鍵を?」元Jr.二本樹顕理さんを襲った卑劣な“フェイクニュース”
第5回・前編 「性暴力がなければ障害者にならなかった」41歳男性が告発 小学3年の夏休みに近所の公衆トイレで…
第5回・後編 《母は髪がどんどん抜け、妹からは「キモい」と…》性被害後の家族の“拒否反応”の真実 41歳男性が告白
第6回・前編 目の前で弟に性虐待を行う父親 「ほら見ろよ」横で母親は笑っていた《姉が覚悟の実名告発》
第6回・後編 「絶対に外で言うなよ」父親の日常的暴力と性虐待の末に29歳で弟は自殺した《姉が実名告発》
第7回・前編 NHK朝ドラ主演女優・藤田三保子氏が“性虐待の元凶”を実名告発「よく死ななかったと思うほどの地獄」
第7回・後編 「昔、兄にいたずらされたことが」塚原たえさんの叔母、藤田三保子氏が“虐待の連鎖”を実名告発

 

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秋山千佳サイト http://akiyamachika.com/contact/