「下着を返してもらえないか」と加害教師に手紙を
2018年に栗栖は村越本人の連絡先を調べ、探りを入れるための手紙を送った。そこには「忘れ物」の下着(パンツ)を返してもらえないか、ということも書いた。忘れ物としたのは村越に警戒されないようにするためだったが、カタカナで「クリス」と書かれたことには触れた。
村越は返信でこう書いてきた。「忘れ物の件ですが、今の住所に引っ越した時、捨てました。もう20年前です。すみません」
つまり、中学時代の栗栖の下着を少なくとも10年ほど、本人に返還せず所持していたことを認めたのだ。「忘れ物」への対応としては異様なことだ。
栗栖はこのメールを根拠に、市教委へ再度調査依頼をした。しかし、調査は既に打ち切ったという市教委の姿勢は変わらなかった。
市教委を動かす材料を求めて、栗栖は元学年主任などにもアプローチした。コロナ禍に突入し、ご機嫌伺いのような体裁でやりとりを重ねるうち、村越が栗栖に送ってきたメールに虚偽があることが明らかになったのは冒頭で触れたとおりだ。
だとしたら、パンツを「捨てた」と言っているのも嘘なのではないか――。
そう思い、市教委にも伝えたが、もはや対応を拒否されるようになっていた。
2021年が終わる頃には、栗栖は再び人生に絶望していた。誰に送るでもないメールの下書きに、こんな文言を書き残している。
「人生夢も希望もないわ」
2022年2月、栗栖は新聞の地域ニュースの小さな記事に目を留めた。同じ松戸市内の男性が、同市立中学生のいじめ自殺への対応をめぐって一人で訴訟を起こし、市に一部勝訴したという内容だった。
栗栖にも長らく、公的機関に事件を認定してもらうことが自身にとって最終解決になるという思いがあった。ただ、民事裁判で一般的な損害賠償請求は、弁護士に相談しても「不法行為から20年以上経っているので難しい」として断られ続けていた。
目を留めた記事のように、弁護士などの代理人に頼らない本人訴訟ならできるかな、と栗栖は考えた。そして、所有権に基づく返還請求なら時効の問題がないとひらめいた。下着の返還を求める訴訟を起こし、判決文で動機にあたる部分を事実認定してもらおうと。
同年春、栗栖はたった一人で村越を相手取って提訴した。ようやく少し希望が見えた。