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意外に下がらなかった支持率

 ところで今回の尹大統領の決断の象徴は、長年、日韓を悩ませ続けた徴用工問題の解決だった。過去の支配・被支配にかかわる個人補償問題の処理である。それを「日本に過去はもう問わない」との方針から韓国側で処理することにした。日韓国交正常化の際の協定(条約)で個人補償は解決済みとする、かねての日本側の主張を受け入れたのだ。

黒田勝弘氏 ©文藝春秋

 被害者史観というか、被害者中心主義というか、日本はいつも非難と要求の対象と思っている韓国世論にとって、これは驚きの決断である。政治指導者にとっては大きな政治的リスクである。尹大統領はそこを果敢に踏み切った。韓国における通念を打ち破る大胆きわまる対日外交に「周辺はついていくのが大変だった」(政界筋)と伝えられている。

 もう一つの決断の象徴はフクシマ処理水放出問題だ。世論調査では放出に反対が圧倒的という国民感情を押し切って、科学的根拠を理由に日本の立場を容認し、日本への協力姿勢を明確にしたのだ。

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 こうした過去と現在にかかわる日本への譲歩(韓国世論にはそう見える)は、過去の政権にはなかった大胆な対日融和姿勢である。尹政権はそれを“対日包容外交”といっているが、野党陣営や批判派から「屈辱外交」「売国外交」といった非難の声が上がったのも不思議ではない。

 尹政権の低い支持率については日本でも憂慮と懸念の声がよく聞かれる。ほとんどの世論調査が30%台で終始しているからだ。大統領選での得票率48.6%と大きな差があるのだから確かに高くない。対日接近外交への不満、批判の反映だろうか。

 しかしこの支持率について筆者は「意外に下がらなかった」との見方をしている。

 韓国では「親日的」とか「親日派」という言葉は今なお相当な否定語である。日本統治時代(韓国併合時代)の売国的対日協力とか民族的裏切りの意味が込められているので、とくに政治的には致命的な非難、マイナス用語になっている。そこで尹錫悦大統領の対日外交は「親日外交!」として非難、罵倒され、野党陣営が展開する尹政権打倒の集会・デモでは「親日逆賊・尹錫悦!」をはじめ「親日糾弾!」のスローガンがあふれている。

 尹政権の外交は本来の意味では親日外交である。ところが韓国では親米、親中、親北は「親しくする」という意味で普通に使われているのに親日だけは使えない。尹大統領は本来の意味でまさしく「親日外交」を展開しているのだが、ここでそう書けないのはつらい。韓国側で誤解されてはまずいからだ。

 したがって「親日逆賊!」などと非難、罵倒されるほどの大胆な対日接近外交だから支持率のダウンは避けられない。韓国人の日ごろの対日意識(反日感情)や野党・批判勢力の反日キャンペーンを考えれば、支持率はもっと下がってもおかしくない。にもかかわらず30%台を維持して下がらなかったという点にむしろ注目すべきなのだ。

 思い出すのは、同じ保守系の李明博政権(2008-13年)が政権スタート直後に経験した支持率急落だ。李明博大統領は米国産輸入牛肉をめぐる“狂牛病騒ぎ”で激烈な反米・反政府デモに見舞われ、危機に陥った。大統領就任時は70%以上の支持率だったのが、わずか3カ月後に20%前後にまで急落している。

 今回は韓国政治で最も危うい反日(いや親日疑惑?)問題である。支持率はドーンと落ちてもおかしくない。にもかかわらずそうならなかったというのは、韓国社会の変化の兆しかもしれない。