文春オンライン

「徴用工問題とフクシマ」最強の反日案件でも、尹大統領が“ちゃぶ台返し”をしなかったワケ《韓国駐在40年の記者が分析》

2024/01/23
note

メディアも扇動を手控えた

「徴用工問題とフクシマ」という最強(!)の反日案件が、結果的には筆者の予想、あるいは野党勢力の期待に反し支持率に大きな影響を与えなかったということになるが、これはなぜか。案件の推移を振り返っておく。

「徴用工問題」についていえば、またまた歴史がらみということで世論に“反日疲れ”があった。長年の慰安婦問題で“ウンザリ感”が広がっていたところに、慰安婦問題ほどには大衆的でなく、社会的同情を刺激する要素は少ないとあって関心度は落ちる。

 それに若い世代を中心に近年、韓国でも“歴史離れ”が見られる。日本への譲歩あるいは妥協があっても、それほど大衆的反発にはつながらなかったということかもしれない。

ADVERTISEMENT

 もう一つの「フクシマ」は歴史とは無関係で環境と健康にかかわる問題である。ただ本来的には日韓問題ではないけれど、相手が中国やロシア、北朝鮮などと違って特別な感情を抱く“接近感”のある日本であるため、反対論をはじめ関心は強い。

 そこで野党陣営など反政府勢力は尹錫悦政権非難に「これは使える」と飛びついた。尹政権のフクシマにかかわる対日容認策を親日・売国だとして反日キャンペーンに乗り出した。フクシマへの不安・恐怖と日本非難をあおれば、世論は尹政権批判に向かうと計算したからだ。

 しかし「フクシマ核汚染水によってわが国の沿岸漁業は壊滅する」などといった無数のフェイクニュース(虚偽情報)まで垂れ流して世論を扇動したにもかかわらず、世論はそれほど動かなかった。

東京・銀座のすき焼き店を訪れた日韓首脳夫妻。右から韓国の金建希大統領夫人、尹錫悦大統領、岸田文雄首相、裕子夫人(2023年3月、内閣広報室提供) ©時事通信社

 韓国では本来、反日案件では与野党はもちろんメディアも知識人も世論も一致し異論は出ない。ところがフクシマでは国論が分裂したのだ。政府・与党はともかく、メディアや学者・知識人からも日本の立場を容認・支持する声が公然と出されたのだ。日本問題でこんな分裂は珍しい。

 フクシマをめぐる日本に対する支持・容認論の理由は日韓関係あるいは民族感情とは関係なく、ひたすら科学的根拠と国際的基準だった。とくにこれまで日本批判(反日)を売りにしてきた韓国メディアで、今回は最有力紙・朝鮮日報が早くから「処理水放出は科学的に問題無い」という容認キャンペーンを展開するなど、変化があった。

 メディアの大勢が珍しく反日扇動を手控えたのだ。「感情か科学か」で科学を選択したからだ。1970年代から現地でメディアの動向をウオッチングしているが、この変化は異例である。

 その結果、野党陣営が騒ぎ立てた韓国漁業壊滅論は、逆に漁民はじめ水産業界の不興を買った。野党などの恐怖扇動が、処理水放出前だったにもかかわらず、たちまち魚の消費減という風評被害を招いたのだ。もちろん世論調査的には依然、フクシマに不安と懸念の声は残っているが、これは日本国内における不安や懸念と同じであって、いわゆる反日とは別である。

まさに「第二の国交正常化」

 こうして尹錫悦政権下で「徴用工問題とフクシマ」という二大反日案件はヤマを越したのだが、ここで対日政策を変える決断にいたった尹大統領の対日観をさぐってみる。

 尹大統領は就任(2022年5月)以来、日本については過去の歴史には触れることなく「共に力を合わせて進むべき隣人」(2022年八・一五光復節記念演説)と“過去離れ”の発言を繰り返してきた。言い換えれば“脱・反日宣言”である。尹政権は史上初めての脱・反日政権といっていいだろう。

 その決断について尹大統領は、2023年3月の最初の日本訪問から帰国した直後、閣議でこう説明している。

「日本はすでに歴史問題で反省と謝罪を繰り返している。しかし韓国社会には排他的民族主義と反日を叫んで政治的利益を得ようとする勢力が存在する。自分が敵対的民族主義や反日感情を刺激し、それを政治的に利用すれば大統領としての責務を放棄したことになると考える。われわれがまず障害物を取り除けば、日本も必ず呼応してくれる」

本記事の全文は、「文藝春秋」2024年2月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています(黒田勝弘「『韓国の親分』尹錫悦大統領の勇気」)。

「徴用工問題とフクシマ」最強の反日案件でも、尹大統領が“ちゃぶ台返し”をしなかったワケ《韓国駐在40年の記者が分析》

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文藝春秋をフォロー