加えて、建て替え中は住居を移さなければならない。仮住まいにかかる費用および2度の引っ越し代が発生する。修繕積立金や管理費の捻出にすら苦労している住人に支払えるかといえば、現実的には厳しいだろう。
住人同士の合意形成も困難を極める。マンションに関する調査・分析を行うマンションみらい価値研究所の久保依子所長は「建て替えをめぐって住人の間で意見が割れて、10年も20年も揉めている事例はたくさんある」という。建て替えには所有者個人のライフプランが大きく関わるからだ。高齢者ならばどの程度の資産が残っているのか、この家を誰に相続させたいのか、最期はどこで迎えたいのか。同じマンションに住んでいても事情はそれぞれに異なり、極めてプライベートなことだけに隣近所の他人に共有しづらい。腹を割って意見をすり合わせるのは一苦労だ。
決議はあくまでスタートであってゴールではない
国会ではおよそ20年ぶりとなる区分所有法の大きな改正が進んでいる。目玉の1つが、建て替えや修繕に関する決議の多数決要件の変更・緩和だ。建て替えの決議に必要な同意の割合は現行法の「所有者の5分の4」から「4分の3」へ引き下げることが検討されている。併せて、こうした決議の際には所有者全員が参加しなければならないとされているのを、集会出席者だけで決めることができるように改正する案も提出されている(2023年10月現在)。円滑な合意形成に向けて有効そうに思えるが、法制審議会の一員として区分所有法の審議にかかわる横浜市立大学の齊藤広子教授は懸念を示す。
「決議要件が下がると決議はしやすくなるかもしれませんが、大事なのは反対している4分の1の方々をどうするかです。『建て替え資金を払えないから同意できない』という方たちの行き先を一緒に考えなければならない。全員が納得しなければ実際には前に進まないという意味では、決議はあくまでスタートであってゴールではないんです」
認知症、孤独死……もう1つの“老い”
マンションが終の棲み家になり、住人の高齢化が進むことで生じるトラブルは建物に関するものだけではない。築40年を超えるマンションの管理組合の4分の1が「高齢者・認知症の方への対応でトラブル」を経験している。マンションみらい価値研究所が実施したマンション管理員へのアンケートでも「認知症及び認知症の疑いのある方の対応をしたことがある」という割合は約27%に上る。その内容で最も多かったのは「同じ話を何度も繰り返す」(70%)で、以下「徘徊」(52%)、「指定日以外のごみ出し、ごみの散乱」(35%)、「自分の部屋に戻れない」(31%)と続く。