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 業界はイノベーションだブレークスルーだと景気のいい話をしているけれど、それが雇用消失とか国民監視とかディープフェイクとか軍事転用だとかにどういう影響を及ぼすか、まだ分からない。それがもたらすベネフィットと比べてリスクがあまりに大きいテクノロジーについては、一度足を止めてその適否についてみんなで考えましょうということなんです。僕はすごく共感したんですよ。

内田樹さん

高橋 いいですね。どんな技術もそうだけど、イケイケでやっていったあとの恐ろしさがあるから、減速が必要だと思います。

内田 「ちょっと待て主義」はこれまたアメリカはシリコンバレーで大流行している「加速主義」に対するカウンターだと思います。「加速主義(accelerationism)」というのは資本主義を加速して、その矛盾を限界まで先鋭化させて、それによって資本主義の「次のフェーズ」に突き抜けるという過激な思想なんです。これは非常に危険なものだと僕は思っています。加速主義によると、資本主義はもう限界に来ていて、命脈尽きかけているのだけれど、社会福祉制度や民主主義や人権思想のようなろくでもない制度があるせいで、むしろ資本主義は延命している。資本主義を終わらせるためには、そういう制度を全部廃止して、教育も医療も全部市場に丸投げして、金がないやつは野垂れ死にして、強い者だけが生き延びるという「生存競争」をするのがいい、と。ポスト資本主義の夜明けを迎えることができるのは、この「大洪水」を生き延びた強者だけで、制度にすがってかろうじて生きていた弱者たちは全部死に絶える。政治家でも学者でも、「日本なんていっぺん滅びればいい」みたいなことを言う人ってけっこういるじゃないですか。

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高橋 ああ、わりといますね、左翼にも(笑)。

内田 右にも左にも、どちらにもいるんです。加速主義に対して、われわれもうろくしたおじいさんたちはついていけないから、「ちょっと待ってくださいよ」と。こちらは「減速主義」で対抗して、ブレーキを踏んで。

高橋 もごもごして何言ってるかわかんないし、僕らは足元もおぼつかないから、ゆっくりでお願いしますってね(笑)。

(その2へ続く)

内田樹『街場の成熟論』(文藝春秋)
高橋源一郎『一億三千万人のための「歎異抄」』(朝日新聞出版)
街場の成熟論

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一億三千万人のための『歎異抄』 (朝日新書)

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