前職は「羊飼い」
――河﨑さんは北海道の別海町のご出身。実家は酪農家で、ご自身は大学卒業後、羊飼いになられた。作品では、北海道の明治~昭和史を描かれることが多いですね。
河﨑 学生時代に北海道の昔の話を調べるアルバイトをしていまして、その頃に興味をひかれたというのが原点です。猟師さんについても、地元の方の手記を読んだりして興味がありました。
――熊爪が暮らす山を白糠という町の近くにしたのは。
河﨑 羊飼いになる前、白糠の羊の牧場に住み込んで実習をさせてもらったんです。山が後ろに迫っていて、ちょっと行くと漁師町があるというロケーションに親しんでいました。実際、鹿も熊もいっぱいいたし、猟師さんもいました。
熊爪という特異な主人公
――熊爪は人間や人間社会への興味が希薄です。彼の心理や変化はどのようにとらえていったのですか。
河﨑 今回は集団になる習慣も信仰も文化も持たない、人間の形だけがある存在に一個一個積み重ねていった感じです。ゼロに近い人間の形に、飛びぬけた身体能力と生き抜く技術、最低限のコミュニケーションができる言語能力だけを与えたら、どういった生活、どういった思考になるのかを考察していきました。
――社会性は培われていないけれど、すごく頭のいい人ですよね。
河﨑 フィジカルもメンタルもフル回転させて、全力で生きている感じがありますね。常人であれば95%くらいの回転を続けているだけでどうにかなってしまうのに、熊爪は98%くらいの状態を続けていてその危険さに気づかない。その危うさは書きたかったですね。
――熊爪の暮らしのような、山の生活に興味はありますか。
河﨑 メンタルを維持しながらフィジカルを有効に活用するという、生き物としてプリミティブな生き方にはちょっと憧れはあります。自分はできないからこその憧れですね。
日常における熊の存在
――熊爪は人間を襲った「穴持たず(冬眠を逃した熊)」を追い、闘うことになる。大藪春彦賞を受賞した『肉弾』(KADOKAWA)でも熊との壮絶な闘いを描かれていましたが、河﨑さんにとって熊とはどういう存在ですか。
河﨑 イメージとしては、怖い存在ですね。私が育った町は熊の被害こそない地域でしたが、畑の脇の森に入れば熊の糞があるのが普通でした。一度、散歩に出たら200mくらい先の道路に大きな黒い犬がいるなと思ったら熊だったこともあります。夏場だったので痩せていたんですが。