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――熊爪は熊を追って深手を負い、これまでのような猟生活が難しくなって炭鉱で働くか迷う。でも、彼にとって人間社会に入ることが幸せかどうかは読者としても迷いました。

河﨑 何が人間にとって幸せであるのかという、根源的なものを切り取れたのであったらいいなと思います。

「熊との闘いに敗れて散る、という展開も可能でしたが…」

――その決断を下す前、彼は最後に山の王者的な熊、「赤毛」に挑もうとする。ただ、この作品は、人間と熊との対決が主題ではないですよね。

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河﨑 そこは、ヒロイズムに酔えない辛さみたいなものを考えていました。たとえば、もし熊爪が人間社会のヒロイズムの物語に浸って自分が熊に殺される姿を美化して心に描いていたら、熊との闘いの最後に力を抜いたかもしれない。でも彼はそれができない。

 熊との闘いに敗れて散る、という展開の物語にすることも可能でした。むしろ、その方が呑み込みやすい物語にもなり得たかもしれません。でも私はひねくれているので(笑)、熊爪に「もっと苦労しろ」と思いました。苦労して、あがいて、爪が剥がれても土を掘り続けて出てくるものがあるのなら掘り出してもらいたかったんです。

――だからこそ、読者はあの凄まじい展開を読むことができたんですね。

河﨑 分かりやすいヒロイズムに浸らなかったからこそ、熊爪は自分のエラーとなりうる行動を考えてしまうんですよね。自分の生き方は半端ものの生き方だと自認した時、それまで回っていたコマの軸がそこでゆがんでしまう。そのまま回転し続けると致命的なバグになるのでコマは倒れることになるんですが、その直前にグイングイン回る、みたいな……。なんか、あんまり上手いたとえができませんが。

©文藝春秋/撮影:松本輝一

――デビュー作『颶風の王』(KADOKAWA)の時から、自然描写と動物の描写には圧倒されます。これまで熊以外にも馬や鳩やいろいろな動物を書かれていますが、動物を書きたいという気持ちは強いですか。

河﨑 書く時の選択肢の中に、最初から人間同様に動物が入っていますね。自分が全然知らない動物、たとえばマントヒヒを書けと言われたら、習性を勉強するところから始めなければいけないのでちょっと困るんですが。でも、知らない動物の知らない習性を勉強するのは楽しいです。

 人間の描写も同じですよね。自分には想像もつかない生き方をしているタイプの人を研究して物語の中に落とし込めるかどうかを考えるのは、趣味が悪いかもしれないけれど、楽しいです。