25歳にして「世界のMAO」に——。
各国の名門オーケストラからオファーが殺到、いま“もっともチケットの取れないピアニスト”藤田真央さん。
初著作『指先から旅をする』では、20か国・100都市を熱狂させた2年間を自ら綴っている。その一部を抜粋し、紹介する。(全4回の3回目/続きを読む)
プレトニョフの贈り物
7月21日。この日はディナーを終えたあとにビッグイベントがある。翌22日に70歳を迎えるマーティンの誕生日を祝うサプライズ・パーティだ。発起人は彼の奥さんのブライスで、マーティンと特に縁の深いアーティストに声がかかり、皆で音楽の贈り物を用意する。この毎年恒例のパーティにはブライスが考えたテーマが設定されるのだが、今年のテーマは“故郷”だった。故郷に因んだ音楽のプレゼントとなると、私の場合は日本人作曲家の作品を演奏するのがベストだろうか。ちなみに去年のテーマはすっかり忘れてしまったが、チャイコフスキー《18の小品 作品72》から〈第5番 瞑想曲〉を弾いた記憶がある。その時、敬愛するミハイル・プレトニョフに「(今後レパートリーとして)《18の小品》を全部弾きなさい」と言われたのだ。
今年は何を弾くべきか随分と悩んだ。演奏前には短いスピーチをしなければならないので、ぜひこの機会に皆に伝えたい話を踏まえて選曲したい。その結果、東日本大震災の復興支援ソング《花は咲く》を弾くことに決めた。もちろん説明が要らないほど曲が美しいということも理由のひとつだが、私の母の実家が福島県富岡町にあり、祖父が体験した未曾有の出来事を忘れたくないという思いも込めている。