尹順平が北海道新聞の「クマ担」記者として追いかけているテーマは、有害駆除の現場で文字通り命を張ってヒグマと対峙しているハンターたちである。

 尹は、今回インタビューした3人の「クマ担」記者の中では一番若いが、その落ち着いた語り口はそれを感じさせない。どんな質問にも淡々と丁寧に答えていく尹が、ちょっとだけ感情をのぞかせたのは、「これまで取材した中で最も印象に残ったエピソードは?」と尋ねたときのことだ。彼は破顔して間髪入れずにこう答えた。

「それは、やっぱり滝上町の山田さんの体験ですね。自分でも『この原稿、朝刊に載せていいのかな』とちょっと不安になるほど、強烈でした」(全4回の3回目/#4に続く)

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ヒグマ(北海道斜里町) ©時事通信社

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ササやぶから手負いのヒグマが…

 山田さんとは尹が取材したオホーツク管内滝上町のハンター山田文夫さん(69・当時)の体験談だった。尹はその一件を〈格闘5分 九死に一生〉と題して記事(「北海道新聞」2023年7月18日掲載)にまとめているが、以下、かいつまんでその内容を紹介する。

 ヒグマ駆除歴約20年、これまで100頭近くを駆除してきた山田さんが「牧草地にヒグマがいる」という通報を受けたのは2022年7月のこと。若いハンターと2人で目撃現場へと向かうと、そこに体長1メートルほどのクマが2頭いた。

 銃が撃てなくなる日没まではまだ1時間以上余裕があり、その場で駆除することを決めた。それぞれが別のクマを狙って同時に撃ったが、仲間の弾は外れてクマは山林へ逃げ、一方の山田さんの弾はもう一頭の横腹に命中、さらにもう一発を撃ち込んだところで、そのクマは牧草地の縁の崖から10メートルほど落下した。山田さんがヒグマの死骸を回収するために崖の下に降り、ササやぶに入ったところ――。

札幌の町中に出没した158キロのオス ©時事通信社

〈手負いのヒグマが飛び出してきた。ヒグマは山田さんを押し倒して爪で頭をひっかくと、馬乗りになって顎や両腕をかんだ。叫び声を上げながら抵抗したが「力が強すぎて全然離れない」。ヒグマは急所の頭部や喉元を狙って執拗に攻撃した〉

 崖の上の仲間のハンターは、タイミング悪く切れた銃弾を補充するため「山田さん、ごめん」と言い残して、離れたところに止めた車へ走って行った。死を覚悟しながらも、山田さんは懸命にクマと格闘を続ける。

〈もみ合いが始まってから5分ほど過ぎたころ、ヒグマの横腹の弾痕から腸が10センチほど出ているのが山田さんの目に入った。とっさに右手で腸を握り、思い切り引き抜くと、ヒグマはとたんに力が抜け、やぶの中へと消えていった〉