「何といっても、あそこは『クマ担』がいるからね」

 ライターとしてクマ関連の取材をしていると、関係者の口からしばしば“彼ら”のことが話題に上る。「クマ担」とは、北海道新聞に存在するクマに関する事件を取材するチームのことである。

 現在、日本には100を超える新聞社があるが、正式に「クマ担」を置いているのは恐らく北海道新聞だけだろう。彼らが書くクマ記事はその速さと深さにおいて、他の追随を許さず、2023年9月にはそれらを一冊にまとめた『ヒグマは見ている 道新クマ担記者が追う』という本が出され、異例のヒットとなった。

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 彼らはいったい、どのような人たちで何を考えてクマを追っているのか。メディアで初めて明かされる「クマ担」記者たちの“生態”とは。(全4回の1回目/#2に続く)

2023年9月に出版された『ヒグマは見ている』。2021年6月18日、札幌市東区の住宅街を歩き回るクマの姿を伝えた

◆ ◆ ◆

キャップからの早朝の電話

「……やられた」

 2021年6月18日早朝、電話を切った内山岳志(43・当時)は自宅のベッドで思わず呻いた。電話の相手は札幌本社・報道センターの社会遊軍キャップだった。

「内山、東区にクマが出た。悪いけど、すぐ出社してくれ」

 一瞬、何かの冗談かと思った。内山の記憶にある限り、東区でのクマの出没はここ数十年ないはずだったからだ。だが前日、深夜遅くまで記事を書き、「明日は遅めに出社します」と宣言してから帰った記者の携帯を、わざわざ冗談で早朝に鳴らすキャップはいない。まだピンと来ていない様子の内山に、キャップは「テレビつけてみろ」と言った。

 緊迫した表情のレポーターと「東区」「クマ」「襲われる」という単語が飛び込んできた瞬間、一気に目が覚めた。ニュースは東区の住宅街で早朝、ゴミ出しに家を出た70代の男性がクマに襲われ、ケガをしたことを伝えていた。

クマが現れたという札幌市東区の住宅街を訪れた。後方にはスポーツ交流施設「つどーむ」が見える

 もはや疑う余地はない。同時に内山は今朝の朝刊に載っているはずの昨晩自分が書いた記事のことを思い出した。

〈ヒグマ出没 住民が防ぐ〉

 そう題した記事は、市街地近辺でクマの隠れ場所や移動ルートとなっているヤブなどを市民団体が草刈りしたところ、ヒグマの出没件数が減ったことを伝えるものだった。その内容は事実だったが、いかにもタイミングが悪かった。

「勘弁してくれよ」と溜息をつきながら、内山は家を飛び出した。時刻は6時半を回っていた。