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血が滲むクマの爪痕

 本社報道センターに詰めた内山のもとには、岩崎ら現場に入った記者たちがとった被害者の証言や目撃情報が次々と上がってくる。内山はこう振り返る。

「最初に襲われた男性は、ゴミを出した後、自宅に戻ったところでクマと遭遇、驚いて振り向いて走りかけたところで足がもつれ、後ろからクマが背中に覆いかぶさる格好になり、『もう終わりだと思った』と。うちの記者がこの方の背中の傷の写真を撮らせていただいたのですが、クマの爪痕に貼られたガーゼに血が滲んでいるような痛々しい状態で、クマの襲撃の恐ろしさをまざまざと感じさせられました」

 最初の襲撃現場から住宅街を南から北へと突っ切るように走り去ったクマはパニック状態になっているように思われた。警察も当初はその行方を掴めなかったが、やがてヘリによる上空からの追跡で、その姿を捉えることができるようになった。

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通勤のため地下鉄駅へと向かっていたところ、40代の男性が背後から襲われた

「たぶん、あのクマだ」

 現場の情報をとりまとめる一方で、内山自身は旧知の専門家に電話取材をしながら、記事のポイントを絞り込みつつあった。

 それは「なぜ、こんな街のど真ん中にクマが現れたのか?」ということに他ならない。

 実は内山にはこの時点で「たぶん、あのクマだ」と思い当たることがあった。

 遡ること20日ほど前の5月下旬から6月上旬にかけて、今回の事件現場の北東10キロほどにある当別町や茨戸川緑地(石狩川流域)付近でヒグマの目撃情報が複数寄せられていたのである。その後、目撃が途絶えたので山に帰ったかと考えていたが、もしかするとあのクマが突如南進を始めたのかもしれない。その見立てを、電話で話を聞いた北海道立総合研究機構エネルギー・環境・地質研究所の間野勉専門研究主幹にぶつけると、間野も同じことを考えていた。

 その後の事件の経緯はここでは省略するが、問題のクマは40代男性を襲った後、陸上自衛隊の丘珠駐屯地で自衛官にもケガを負わせ、丘珠空港北東の茂みに身を隠す。そこで警察やハンターの捜索をやり過ごそうとしたようだが、1時間後、茂みから飛び出したところをハンターによって駆除された。午前11時16分、最初の目撃情報から8時間後の決着だったが、もし駆除が夜にまで長引いていたら、さらに被害者は増えていた可能性が高い。

札幌の町中に出没した158キロのオス ©時事通信社

 4人に重軽傷を負わせたクマは推定6、7歳の若いオスだった。この年齢のオスは繁殖相手を見つけるため行動的になり、普段の生息域を離れることもあるという。