40年以上前に日本を揺るがした、戦後最大の疑獄事件
そもそもロッキード事件とは、どんなものだったのか。
端的にまとめれば、田中角栄氏が首相在任中だった1972年、アメリカの航空機メーカー・ロッキード社から賄賂を受け取り、全日空に同社の主力旅客機「トライスター」を購入するよう口利きをした、という疑いで逮捕され、裁判でも有罪が認定された事件である。
ロッキード社の工作資金がどのように流れたか。裁判は丸紅ルート、全日空ルート、児玉・小佐野ルートと、資金の流れによって分類され、計17名が被告となったが、田中氏は終始無罪を主張していた。だが、高裁での裁判が進行中の1985年2月に脳梗塞で倒れ、以降は表舞台にほとんど姿を見せることなく1993年12月に逝去。1995年2月に最高裁で田中氏の有罪が認定され、事件は終結した。
とはいえ、この外形的な説明だけでは到底理解しきれないほど、ロッキード事件にはさまざまな側面があり、人間関係も複雑に入り組んでいた。事件の全貌を把握している人は、実はあまり多くないのではないだろうか。なにしろ、事件から40年以上もの歳月が流れているのだ。
ただ、この40年以上という歳月の流れや事件の複雑さもまた、購買動機に繋がっているのではないか、と横山さんは考えている。
「ロッキード、田中角栄、といったキーワードは知っていても、中身はよくわかっていなかった方も多いのではないかと思います。社会人として知っておくべきことが書かれている、ということで手に取ってくださっているのではないでしょうか」(横山さん)
では、作者である真山さんは、今回の「爆売れ」をどう考えているのだろうか。
「自民党のパーティー券問題、政治とカネの問題は影響している」
「2023年12月が田中角栄氏の没後30年というタイミングなので、『ロッキード』の文庫版はそこに合わせての刊行となりました。ノンフィクションの文庫はなかなか売れない、という話も聞いていたので、この売れ行きは素直に嬉しいですね。なぜこれほど売れ続けているか、正直わかりかねる部分もありますが、自民党のパーティー券問題、政治とカネの問題が取り沙汰されている影響なのかもしれません」
昨年末から大きな話題となっている、自民党議員の政治資金パーティー券を巡る問題。自民党の安倍派や二階派が政治資金パーティーの収入の一部を政治資金収支報告書に記載せず、販売ノルマ超過分について派閥議員に還流=キックバックしていた疑惑が、ロッキード事件同様、国民の政治不信を高めている。文春文庫の担当編集者である荒俣勝利さんも「XなどのSNSを見ていると、今回の政治資金問題について触れるときに、ロッキードのこと、田中さんのことに言及している投稿も数多く見受けられる」とその関係性を指摘していた。
ただ、真山さんはロッキード事件当時の「世論」と今の「世論」は明確に違う、という。
「昨年の12月14日にTBS系の『NEWS23』に出演したとき、この問題について街の声を拾っていたんです。呆れる人、擁護する人、いろいろ声はあったのですが、怒りの声がなかったので『なぜ怒りの声を放送しないのか?』と訊ねたら、そういう声が拾えなかった、と。つまり、メディアが報じているほど世間は怒っていないんです。むしろ呆れ、しらけが大半で、怒るほどの熱量がない。一方、ロッキードの時の世間の怒りは文字通り沸騰していました。その違いは明確で、今回のパー券問題については一部逮捕者は出たものの、安倍派の大物議員の立件は見送られた。しらけムードはさらに広がるでしょう。ただこうやって文庫版が売れている、と聞くと、読んでくださっている人の中には怒りがふつふつとたぎっているのかもしれない、とも感じます」