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橋本 初めは沙苗の愛を、愛ではないものだと受け止めてしまっていたんです。彼女の愛を裁くような立場で見ていたんですね。でもそれでは演じられないので、彼女と同じ目線で立てるように準備を重ねていき、最終的にこれこそ本当の愛だと心底から思えるところにたどり着きました。

 世間一般では、沙苗の愛は狂気とみなされるのだと思います。でも沙苗の実感としては、自分こそ正気で、自分みたいな愛を知らずに生きる世間の人たちのほうが狂っているんじゃないかって。そう思うくらい、私の中では正気と狂気の逆転現象が起きていました。

 沙苗を知るまでは、自分の愛こそが愛だって、視野が狭くなっていたような気がします。自分だけが正しいという傲慢さがどこかにあったんですね。でも彼女が考える愛も愛だし、その切実さをちゃんと伝えたいなと思いながら演じていました。

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©2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisha

――初めに沙苗の愛を愛ではないと受け止めたのは、彼女が愛の名のもとで人を刺し殺そうとしたからですか?

橋本 そうです。人を傷つけたり、人からなにかを奪ったりすることは、絶対に愛ではないと思っていたので。愛ではない別のなにか、執着や怒りを愛だと勘違いしているだけじゃないかと思っていたんです。沙苗は愛の正体が見えていない人だと思っていました。

 でも沙苗の中に入っていったときに、これは本物だと思えたんです。その気づきは、沙苗を演じていなければなかなか訪れなかったと思います。

 私は自分の愛だけを、これが本物だと誇示していたのかもしれません。いまは多様な愛があることを念頭に置いて、人と接することができるようになったので、前よりも自分の器が大きくなったような気がします。もちろんわかった気になるのもいけないと思いますけど。

©2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisha

いい演技をするために大切にしていること

――彼女の愛は世間から見れば非倫理的で反社会的なものかもしれません。それでもあれを愛だと思えたのはどういう理由からですか?

橋本 劇中の台詞にあるんですけど、彼女にとって生きることと死ぬこととはあまり変わりがないんですね。そして愛せなくなったら死んだも同然だって。安易に共感したとは言えないけど、私も生きながら死んでいるような感覚には身に覚えがあるし、それがなければ生きていることを保持できない、私であることが揺らいでしまう、そういうものが沙苗にとっての愛だったんだなと思います。