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気候変動による猛暑で発酵を抑えられなくなる

 秘密は「福島の夏」にある。

 福島県は東北にありながらも、夏が暑い。特に福島盆地(福島市、伊達市など)や会津盆地(会津若松市、喜多方市など)は酷暑で知られている。2023年も伊達市梁川で40.0度を記録した。

 発酵食品の醤油は気温に影響される。暑いと発酵が進みすぎ、うすくち醤油が黒くなってしまうのだ。

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 夏を越してうすくち醤油としては出荷できなくなり、こいくちに混ぜなければならなくなるようなこともあった。

 これが単独の醤油蔵でのことなら、まだいい。組合の醤油工場で品質が落ちると、福島県内の醤油蔵のほとんどに影響が及ぶ構造になっていた。

「福島方式」という醸造方法が原因だ。これについては、#1で述べたが、おさらいしておこう。

 福島県には小さな醤油蔵が多く、それぞれの蔵には醸造設備に投資する力がなかった。このため醤油造りの前半の部分を共同で行う工場を設立した。組合はそのためもあって設立したのだった。

「世界の調味料しょうゆ」。福島県醤油醸造協同組合の看板には熱いメッセージが込められている。組合の醤油は2023年、こいくちが大臣官房長賞、うすくちが優秀賞とW受賞だった(福島県二本松市) ©葉上太郎

 醤油の醸造は次のような流れをたどる。まず、小麦や大豆を発酵させて「生揚(きあ)げ」と呼ばれる生醤油を造る。さらに、生揚げに火入れをして完成品にする。

 このうち生揚げの醸造を組合の工場で行い、各蔵は後半の火入れだけするようにしたのだ。火入れは香りや味、色を決める重要な工程なので、各蔵の個性は十分に発揮できた。ただし、組合の工場で製造された生揚げの品質が悪ければ、火入れでのカバーは難しかった。

 気候変動による猛暑が進んで、年々暑くなる。組合の工場では発酵を抑え気味にして、うすくち醤油用の生揚げを醸造していたが、限界があった。

脱脂加工大豆から丸大豆に変更してみることに

「どうにかしなければ……」

 対処法を模索していた紅林さんは、麹(こうじ)菌を変えることにした。

 生揚げの醸造は、麹菌など微生物の力を利用している。麹菌には「うすくち用」があったので、これを使ってみたのである。しかし、期待したほどの成果は得られなかった。

「絶対量が違ったのです。原料の小麦や大豆はトン単位なのに、麹菌はわずかなもの。色を薄くするほどの科学的な変化は得られませんでした」と語る。

 ならば原料をどうにかするしかない。

 紅林さんは論文を読みあさった。その中に、大豆についての研究があった。「ヒガシマル醤油で行われた研究が、50年以上前のボロボロになった研究雑誌に載っていました。脱脂加工大豆ではなく、丸大豆を使う方法でした」。

 大豆には油分が含まれている。だが、醤油には必要なく、製造工程で取り除かなければならない。そこで丸大豆からあらかじめ油分を取り除いたのが脱脂加工大豆だった。これを使った方が醤油の旨味が増し、香りも出やすいとされている。現在製造されている醤油の8割は脱脂加工大豆を使用している。

 だが、論文では脱脂加工大豆を使うと着色を早める傾向があると指摘されていた。