2013年1月、無名のB級ボクサー・米澤重隆(当時36歳)が、日本チャンピオンを目指すという無謀な挑戦を始めた。当時、日本ボクシングコミッションの規定に「37歳でチャンピオン以外はライセンスを失う」という項目があり、米澤は9か月以内にチャンピオンにならないと、強制的に引退となってしまうのだ。
米澤の挑戦はNHKのドキュメント番組『関ジャニ∞応援ドキュメント 明日はどっちだ』にも取り上げられて、反響を呼んだ。果たして彼は、日本チャンピオンになれるのか――。
ここでは、米澤に密着したテレビディレクター・山本草介氏の著書『一八〇秒の熱量』(双葉社)より一部を抜粋してお届けする。(全2回の1回目/2回目に続く)
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ジムを出ると突然、饒舌になった米澤
夜10時半、ようやく練習が終わった。トレーニングの合間、話を聞いても、「……はい」「いや、そうでもないです……」くらいの言葉しか返ってこず、人となりがまったくわからなかったため、せめて帰り道に一言二言でもインタビューがしたい、そう願い出ると、「歩いて帰るんで、その時に」と返事が来た。米澤は寡黙なボクサー。それが第一印象だった。
ところが、ジムを出ると突然、饒舌になった。人懐っこいというのか、サービス精神が旺盛というのか、こちらの質問に対し丁寧過ぎるほどの情報を伝えてくれる。
例えば、「なぜ歩いて帰るのか?」と聞けば、「歩くのが一番減量にいいんです。単純ですけど、これが一番よくて。いろいろ考え事もできるし、電車賃もかからないし、体もクールダウンできるし。よくダイエットしてるおばちゃんから、よねちゃん、減量はどうやってやってるの? とか聞かれるんですけど、歩くのが一番いいって言います。でも誰も信じてくれないんですよね。僕が実際やってることなのに、信じてくれないんですよね。変に走ると疲れて続かないし、よっぽど歩く方がいいかなあって思います。あくまでも僕の考えですけど、みんないろいろな意見があるからあれですけど……」
映像のインタビューで大事なのは空気だ。自分がどうして歩くのか、その理由を言葉の《情報》として聞きたいのではなく、話しているうちに噴出してしまう、どうしても毎日歩かねばならないという彼の《息づかい》を撮らねばならない。それは言葉にならなくて言い淀んだり、話し終わった後の余韻だとか、意識しない所に現れる空気のようなものである。「減量のために歩く」という《情報》はナレーションで十分伝えられるからだ。
二重人格を疑ってしまうほどの“ギャップ”
ところが米澤は徹底的に喋る。こちらが1聞けば10答える。あまりに語り続けるので、黙って歩く表情を狙おうにもまったく撮れない。ジムの米澤とどっちの米澤がほんとなのかわからないが、帰り道でもカメラを回しているから、「テレビに映るために」米澤が何かの演技をしているわけでもないだろう。そして米澤のブログには「好きな場所はジム」と書いてあるから、有吉会長やトレーナーの前で本来の自分を出せないのでもないだろう。この男には2つの人格があるのでは? と疑ってしまうほど、ギャップがあった。