ひとつひとつ言葉を選び、目の前の相手に真摯に向き合いながらうれしそうにしゃべる姿が印象的な岸井ゆきのさん(31)。高校生のときに山手線の車内でスカウトされ、2018年度下半期のNHK朝ドラ「まんぷく」に主人公の姪役として出演したことで、その知名度は一気に全国区へ。2022年12月からロングラン上映されている映画『ケイコ 目を澄ませて』では、生まれつき耳が聞こえないプロボクサー役を熱演し、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞に輝きました。
ケイコを演じるにあたり、「ただそこにいる、存在するっていうことを心がけていました」と語る岸井さんに、手話を学び、本格的なボクシングのトレーニングを通して、ケイコになるまでの日々を伺いました。(全2回の1回目/後編に続く)
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――お久しぶりです。朝ドラ「まんぷく」の放送が終わったタイミングに、インタビューでお目にかかりました。覚えていらっしゃいますか?
岸井ゆきのさん(以下、岸井) 両国の街を歩きながら撮影して、(腕を大きく広げて)お相撲さんのポーズをとったり、あんみつ屋さんでおいしいカレーも食べましたよね。覚えてます。すごく楽しかったです。
――あのインタビューの直後に、主演された映画『愛がなんだ』が公開されて。
岸井 ちょうど4年前ですね。
――『愛がなんだ』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞されましたが、今年3月には映画『ケイコ 目を澄ませて』では最優秀主演女優賞を。おめでとうございます。余韻がすごくて、映画館で2回も観てしまいました。
岸井 ありがとうございます。
セリフがないことへの恐怖
――1回目に拝見したとき、劇伴がまったくなくて、ケイコが鉛筆で日記を書くカリカリという音とか、川沿いを走る電車の音、なにかが擦れる音が耳に響いてくるのにびっくりして。さらにセリフがない岸井さんの表情や体の動きから、ケイコの心の葛藤や機微が目の前に迫ってくるようで、いい意味で、ちょっと怖いなと感じました。セリフがない、しゃべらない役を演じていて、怖いという気持ちはありましたか?
岸井 セリフがないことに対して、「難しかったですよね」と言われることが多かったのですが、そういう恐怖はあまりなかったですね。口語としてのセリフはないけど、手話表現があるし、まわりの人たちはしゃべってますし。