私はセリフで説明されすぎることが好きじゃないというか、映画を好きでずっと観てきて、人間の物語のなかでセリフというものをあまり欲していなかったので、自分がしゃべらないことに対してのプレッシャーはなかったです。
それよりも、自分がボクサーで、ケイコになることに集中していました。そもそも口語としてのセリフを言わない人間を演じるにあたって、セリフがないから難しいというのは、すごく乖離しているような気がしたし、だってそうやって生きている人がいるんだから。なので、体の表現……表現とも思ってなかったというか、ただそこにいる、存在するっていうことを心がけていました。
ボクシングは「痛いし、怖い」
――ただそこにいるって、すごく難しい。
岸井 準備期間がけっこう長くて、3カ月かけて自分がケイコになっていく過程を経ていたので、「演じている」という感覚はあまりなかったですね。
――準備期間の3カ月でしたことは、具体的にはトレーニングですか?
岸井 そうです、ボクシングと、手話の練習をしました。劇中のジムでのトレーニングのシーンも本当にやっているし、(ウエイトを)持ち上げたりするのも本当の重さでやっています。
――すごく重そうでしたよね。
岸井 重かったです。自分でいつもトレーニングしているよりも重いものを上げて撮影したので。
――ボクシングというと、痛いですよね。想像ができないです、殴る、殴られるという世界はどういうものなのか。
岸井 最初は私もわかんなかったですね。ボクシングとはなにかというところから始めて、「痛いのはいやです」ってケイコも言ってるんですけど、みんなそうなんですよ。プロも。そりゃあ、痛いし、そりゃあ、怖いっていう。
――痛いし、怖い?
岸井 パンチが見えれば怖くないんですけど、パンチが見えるようになるまでは怖いよって、トレーナーに言われていました。パンチが見えるようになるトレーニングもあって、よくこうやってやるじゃないですか(片手で素早くパンチを繰り返す)。パンチングボール? あれを狙ってずっと打っていると、パンチが見えるようになる。
――最初はやっぱり見えないんですか?
岸井 見えないです。どこからパンチがくるかわからなくて、そこを狙ってパンチしないと、(パンチングボールは)うまくバウンドしないので。
――最初は当たりもしないんですか?