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「あそこだけはすぐOKでした」岩下志麻が語る、小津安二郎に評価された“特別”なシーン《生誕120年》

「あそこだけはすぐOKでした」岩下志麻が語る、小津安二郎に評価された“特別”なシーン《生誕120年》

2024/04/29
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これまでにないヒロイン役

 ──ただ、岩下さんは、それまでの小津映画に出てきた若い女性とは何か違う。

 岩下 わりとはっきりものを言う現代っ子ぽい女の子でしたね。

 ──そうですよね。だから、これは今まで小津映画で登場してこなかった新しいヒロインです。

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 岩下 小津映画の娘役はわりとお父さんの言いなりになってやっていたんですけど。あの「路子」の役は「お父さん、早く帰ってきてよ」とか、「お父さん、ご飯ないわよ。電話かけてよこさないんだもの」とか、ハキハキと言う女の子でしたね。

小津安二郎監督 ©文藝春秋

 ──それで家では不機嫌そうで。

 岩下 いつも不機嫌そうでね。ただ、ああやって恋をしても、父親の勧めた縁談で結婚していくわけですから、やっぱり昔の女なんだなっていう感じはしますけどね。

 ──笠智衆さんがお父さん役です。

 岩下 笠さんはいつも自然体ですよね。笠さんそのままでキャメラの前に立ったという感じで。だから、テストもあんまりないんです。わりとすぐOKが出ちゃって。あと、弟役の三上真一郎さん。三上さんは自然体でやっていたからか、お芝居もすぐOKでしたね。「真公、真公」ってかわいがられてました。

 ──三上さんは小津監督を「師匠」と慕っていましたから。

アイロン50回、巻尺で100回

 岩下 私はやっぱりどちらかというと段取りになっちゃって、自然にいかなかったんですね。緊張してたのかな。アイロンをかけるシーンでも、例えばこっち2回かけて、こっちはワイシャツをパッとやったら、今度はこっちのほうをさっきの倍の速さでかけて、それから置いて、左手でうなじをこう撫でて立ち上がるとかね。そういう細かいご指導をなさるんですよ。それがどうしても段取りになってしまって。こっち2回、こっちは3回というような。自然にできてなかったんだろうと思って。あそこのアイロンのシーンも50回ぐらいテストだったかしら。

 ──OKが出る時というのは。

 岩下 全然わからない。どこが悪いのかもわからない(笑)。何回もやることで、最初は段取りになっていたのが、やっているうちに自然になってきて、先生の映画の中にはまってきたんだろうとは思うんです。それと、失恋のシーンでも、顔を上げて、話を聞いて、また顔を下げるというのがあったんですけど、このテンポが私は速かったらしいんです。で、「ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり」と言われて。だから、あそこも何回やったか。頭を上げて下げるだけなのに、ずいぶんテストを繰り返しました。

 ──そうなんですか。

 岩下 先生のリズムに合うまで。一番駄目だったのは巻尺のシーン。あそこは、失恋した女の子が巻尺をいじっている、それで悲しみを表現するというシーンだったんだけれども。あれ、右手に2回、左手に2回半だったかな。また右手に巻いて、パラッと落とすという。それだけなんだけど、それができなくて。あれは100回以上やりました。あのシーンは本当にできなかったですね。

本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(「生誕120年 お父さんのような小津監督」)。

「あそこだけはすぐOKでした」岩下志麻が語る、小津安二郎に評価された“特別”なシーン《生誕120年》

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