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文筆家でアーティスト、柴田聡子の視点が光る『きれぎれのダイアリー』

2024/03/01

source : ノンフィクション出版

genre : エンタメ, 芸能, ライフスタイル, 音楽, 読書

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新アルバム『Your Favorite Things』から考える「あなたと私」の関係性

 2月28日には、7枚目のアルバム『Your Favorite Things』を発売した。

 アルバムタイトルについて柴田さんは、「実は、タイトルとして最初から決めていたわけではなく、最後の曲『Your Favorite Things』が結果的にアルバムタイトルになった形で。この曲は友達を思い浮かべて書いたものです。そもそも今回のアルバムは誰かのことを思って書いた曲が多いかもしれません」と明かす。しかしこの“Your Favorite Things”について、さらに話を聞くと、こちらが想像する「あなたが好きなもの」の真意とは少し異なる意味合いをのぞかせた。

「もう手には届かなかったり、どうしようもならないんだけど、ずっとうじうじ考えちゃうようなことを書いています。 “あなたの好きなもの”なんて考えたって仕方がないと思うんですよね。相手が考えてることって、本当の意味では全くわかんないと言っても過言じゃないと思うんです。それでも、やっぱり考えてしまう自分がいるというか……それが、テーマとして貫いてるものです」

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 このような“相手に対する一方的な想像”を巡る思考が、『Your Favorite Things』というアルバムを通して表現されているのかもしれない。特に、柴田さんは特別な思い入れを持つ楽曲として、「Movie Light」「目の下」「素直」、そしてアルバムの核となる「Your Favorite Things」の4曲を挙げている。

 さらに、制作面においても、今回のアルバムは挑戦的な内容となっていることを柴田さんは強調する。

鈴木七絵/文藝春秋

「前のアルバムを終えた後、自分が作りたいものをもっと追求すべきだと感じました。前のアルバムも本当にエゴを出して作ったんですけど、さらにエゴを出して自分が作りたいものを作るべきだなと。だから制作スタイルや録音方法も変えてみたし、全体として新しい技術や学びを取り入れました」

 ミュージシャンであり、文筆家としても活躍する柴田さんは、その多彩な才能で多くの人々を魅了している。そんな彼女の音楽との関わり方は、喜びや哀しみなどの特定の感情を消化する手段としてではなく、より自然発生的な動機から音楽の世界へと足を踏み入れたという、興味深いものだ。

「実は、感情を消化したいから音楽を始めたわけではないんです。結果的に感情の消化にはなっているかもしれませんが、そういう目的で始めたわけではありません。創作欲みたいなもので、“歌いたいから歌う”に近いのかも。そこには喜怒哀楽、全部あると思いますし、それ以上に複雑な感情もあると思います。でも、始めた理由はそういう感情をはっきりと消化したいからではなく、ただできそうだったから、音楽が好きだったからです」

 さらに柴田さんは、アーティスト活動と私生活との間には深い関連性があるとしつつも、それらが直接的にリンクしているわけではないと続ける。

「音楽作りと生活は切り離せないものですが、私の音楽が私の生活を直接反映しているわけではありません。ただ、作ること自体が楽しくて、それが私を助けている感じがします。だからこそ(音楽に対して)正直で、素直で、誠実でありたいと思っています。音楽がなくなったら、世界を考える手段を失うかもしれない。でも音楽だけが、私にとって世界や他者と繋がる重要な手段なのかと言われると、そうでもない気がして……。音楽を通じて出会えた人はたくさんいますが、『音楽がなかったらその人と本当に出会えなかったのかな?』って考えちゃうんです(笑)」

 そんな柴田さんに、最近関心があることについて聞いてみた。

「東名阪のツアーライブに向けて、歌い方や声の調整に毎日気を配っています。良いパフォーマンスのためには体調管理が欠かせないので、食事にも注意しているんですが、体って予想通りには動いてくれないんですよね。風邪を引いたり、体重が増えたり、喉が急に痛くなったり。だから、体をコントロールしようとするボディビルダーの人たちを想って尊敬しています。歌も同じで、完璧にコントロールするのは難しい。でも、その努力を続けることで、少しずつでも自分の声を管理していくしかないんです。結局、人生ってコントロールできることが限られていて、大切なのはバランスを取ることかもしれませんね」

 柴田さんの言葉には、私たちの日常がいかに、制御可能な範囲とそうでない範囲との間の微妙な線引きによって成り立っているのかを考えさせられる。現在準備を進めている『Your Favorite Things』のリリースに伴う、バンドセットでの東名阪ツアーへの意気込みについて聞くと、「アルバムはツアーでのパフォーマンスを全く考えずに作ったので、ツアーはこれから作っていく感じが大きくて。私も来てくださった方も、楽しみきれるものにしたいと思っています」と笑顔を見せた。

 最後に、今後の展望について聞くと「音楽を中心に、引き続きアルバム制作や曲作りに取り組んでいきたいですね。もっと良い歌を歌えるようになりたいとも思っています。それに加えて、書く活動にも力を入れていきたい。書くことは私にとって重要な欲求の一つで、自分の考えや感情を言葉にすることにも興味があります。小説や創作だとまた話が異なる気がしますが、私が今回書いたようなエッセイ調の文章では、書くことって歌よりもストレートな表現に近い気がしています」と音楽以外の創作活動にも、深い関心を持っていることを明らかにした柴田さん。

 柴田さんの次なる作品は、どのような新しい風景を私たちに見せてくれるのか。彼女が描く新しい風景の中で息ができる日を思うと、心が躍る。

しばたさとこ/1986年札幌市生まれ。武蔵野美術大学卒、東京藝術大学大学院修了。2012年に1stアルバム「しばたさとこ島」を発表。2016年に初の詩集『さばーく』を上司し、第5回エルスール財団新人賞・現代詩部門を受賞。楽曲提供やドラマ出演など、多岐にわたり活躍。

きれぎれのダイアリー 2017~2023

きれぎれのダイアリー 2017~2023

柴田 聡子

文藝春秋

2023年10月23日 発売

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