瞬く間に頭突きで鼻をやられて…
――そこで怯むわけにもいかない。
中野 翔さんに「一番強いのはどいつ? 出てこいよ」って言われて、仲間が俺をジーッと見てるんですよ。「え、俺?」って。さんざんケンカの話をしてますけど、僕、弱いんですよ。
だけど、こっちも引くに引けないじゃないですか。後輩なんかもいる手前。また翔さんがデカく見えたんですよ。彼も柔道やってたし、その名残でまだ体格がガチっとしていた頃だったものだから「うわ……。こいつ、デカいな」って。
「おう、俺だよ」って出ていったら、瞬く間に頭突きで鼻をやられて。そのままズドーンって倒れて、「痛ぇ、痛ぇ」ってピクピクしてました。仲間は蜘蛛の子を散らすようにピューッてどっかに行っちゃって、翔さんもスタスタと友達のところへ。しばらくひとりでピクピクしてから、家に帰りました。
翔さんがバウムクーヘンを持って見舞いに来た
――後日、哀川さんがお見舞いにいらしたそうですね。
中野 家で昼飯を食べてたんですよ。卵かけごはん。そうしたら、ガラガラって玄関の引き戸が開いて、翔さんが「よお!」って入ってきたんですよ。その頃の我が家って、玄関を開けたら、すぐに茶の間だったんですよ。僕を倒した奴がいきなり訪ねてきて、しかも昼時のうえに僕とえらく距離が近いでしょ。そもそも、なんだって僕の家を知ってるんだって、えらく驚いちゃって。
「なんで、ここが俺んちってわかったんすか?」「いや、あれよ。悪そうなバイクがいっぱい停まってるから、ここじゃねえかなって。はい、これ」って、紙の手提げに入ったお見舞い品を手渡されましたよ。
――お見舞い品は、なんでしたか?
中野 バウムクーヘン。
――哀川さんは、バウムクーヘンを渡すと去っていったのですか?
中野 帰ろうとしないんですよ。ケンカ相手が見舞いに来るなんて思いもしなかったし、帰ろうともしないから「あのう、なんの用ですか?」と聞いたら「ちょっと出ようか」と言われて、家から出たら「申し訳なかったね。鼻、大丈夫?」と。
――心配していたと。
中野 そうですね。で、「君、いくつ?」って聞かれて「16です」と答えて。翔さんは、3つ上なんですよ。「俺を見てさ、年上だって分かるよね」「はい」「年上にケンカ売るのやめたほうがいいよ」「でも、売らないと。不良なんで」みたいな。そうしたら「バカなやつだなあ」とか言って帰っちゃいましたね。
それからも阿佐ヶ谷あたりで何度か会うようになって。こっちは負けてますから「こんちは。どうも」で、あっちは勝ってるから「おう」って感じで。で、3回目ぐらいに会ったときに「暇か?」「暇です」「腹、減ってるか?」「減ってます」「いまから鍋やるから来いよ」となって、翔さんの友達の家に呼んでくれて。
それから何日か経って仲良くなって、一緒に遊んだりして、もっと気が知れてから「あの時さ」なんて頭突き事件のことを話しましたけどね。
写真=山元茂樹/文藝春秋