『陰謀の日本中世史』(呉座勇一 著)

 素晴らしい快著だ。胸のつかえが一挙に取れる。

 本書は、具体的な史実に照らして日本中世史にかかわるもっともらしい陰謀論、トンデモ説の類を一刀両断に裁いたものである。

 著者は、主要な陰謀論等を七章に分けて論じているが、その代表として、本能寺の変を取り上げてみよう。

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 著者は朝廷黒幕説、足利義昭黒幕説、イエズス会黒幕説、それに家康黒幕説を順に紹介し、それぞれの問題点を史料に基づいて丁寧に解説、論破していく。本書を素直に読めば、本能寺の変に黒幕は存在せず、光秀の単独犯行であったことが自ずと了解されよう。

 著者お得意の応仁の乱はどうか。これまでは、「応仁記」に従い義政の後継争いが原因で、義視(よしみ/弟)で決まっていたものを、後から生まれた義尚(よしひさ/子)可愛さに実母の日野富子が暗躍したことが主因とされてきた。

 しかし、著者は史料を綿密に考証し、乱の原因は、畠山氏内紛への山名宗全の介入が契機であって将軍家のお家騒動ではないと結論付ける。

 では、なぜ、「応仁記」が富子陰謀論を捏造したのか。

 それは「応仁記」が成立した足利義稙(よしたね)の時代に義稙を支えた細川高国と畠山尚順(ひさのぶ)が恩讐を乗り越えるために「ウソの歴史」を必要としたからである、と著者は喝破する。

 第一次世界大戦は、クリストファー・クラークの名著『夢遊病者たち』(みすず書房)が見事に描いたように、地域紛争で終わる話が、指導者の優柔不断等により世界大戦へと拡大していった。多大な惨禍をもたらした応仁の乱も、もとは一守護大名家のお家騒動から燃え広がったが、それでは後の人々に納得できないものが残ったに違いない。

 そこで富子による将軍後継者問題が大乱を生んだという分かりやすい構図が定着していったのである。

 陰謀論は、「因果関係の単純明快すぎる説明」、「論理の飛躍」、「結果から逆行して原因を引きだす」という三つの特徴を持つ。

 人はなぜ陰謀論を信じるのか。それは、「単純明快で分かりやすく」、「歴史の真実を知っているという優越感を抱ける」からであり、インテリほど騙されやすいのである。その点、陰謀論は疑似科学に似ている。

 また、専門家は陰謀論を暴いても研究業績にならないので無視しがちだ。しかし、専門家が無関心を決め込めば、陰謀論やトンデモ説は生き続け、フェイクニュースの温床になる。「江戸しぐさ」がその典型だろう。「誰かが猫の首に鈴をつけなければならないのだ」(著者)。後に続くであろう専門家に期待したい。

ござゆういち/1980年東京都生まれ。東京大学文学部卒、同大学大学院人文社会系研究科博士課程満期退学。博士(文学)。現在、国際日本文化研究センター助教。著書にはベストセラー『応仁の乱』のほか、『戦争の日本中世史』(角川財団学芸賞)、『一揆の原理』など。

でぐちはるあき/1948年三重県生まれ。立命館アジア太平洋大学(APU)学長。近著に『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇』など。

陰謀の日本中世史 (角川新書)

呉座 勇一(著)

KADOKAWA
2018年3月9日 発売

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