ちなみに着替えのパジャマもワケアリ人妻ライターからプレゼントされたものだし、病室の冷蔵庫にはワケアリにして黒髪の乙女でもある女性編集者から贈られた「高級温州みかんゼリー」が冷やされていたのだ。吐き気に襲われて食欲がなくなった時でも、このゼリーなら食べられるではありませんか!
なんだかワケアリ女性にモテている自慢話になってしまった。申し訳ない。
点滴開始から1時間。時計の針は正午を回った。いまのところ吐き気も抜け毛も手のしびれもない。
すると驚いたことに、お昼の病院食の配膳が始まったのだ。
メニューは麦飯にポークカレー、生野菜サラダと牛乳寒天。
そして、さらに驚いたことに、このとき僕はお腹が減っていたのだ。
腕から抗がん剤を投与しながら、僕はカレーライスを食べた。
よもや抗がん剤と一緒にカレーライスや牛乳寒天を摂取するとは考えてもみなかったのだが、結局残さずにいただきました。美味しゅうございました。
さすがに食べたら吐き気が来るかと身構えていたのだが、その気配もないまま午後1時過ぎ、点滴は終了した。
「化学療法ってこんなものなんですか」
点滴が終った後も体調に変化はない。やることもないので、またパソコンを持って「サロン」に行き、普通に2時間ほど原稿仕事をした。
夕方病室に戻ると、同室の先輩患者は他の病室に移ったらしく、「4人部屋のシングルユース」となっていた。
夜、小路医師が様子を見に来てくれた。
「いかがですか」
「まったく変化がありません」
「それはよかった」
「化学療法ってこんなものなんですか」
「はい、こんなものなんです」
もちろん、副作用の出方は個人差がある。どんなに用心しても苦しむ人はいる。僕も半年前に飲んでいた経口の抗がん剤には苦しめられた。
それだけに今回は拍子抜けだった。
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長田昭二氏の本記事全文は、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
■連載「僕の前立腺がんレポート」
第1回「医療ジャーナリストのがん闘病記」
第2回「がん転移を告知されて一番大変なのは『誰に伝え、誰に隠すか』だった」
第3回「抗がん剤を『休薬』したら筆者の身体に何が起きたか?」
第4回「“がん抑制遺伝子”が欠損したレアケースと判明…『転院』『治験』を受け入れるべきなのか」
第5回「抗がん剤は『演奏会が終るまで待ってほしい』 全身の骨に多発転移しても担当医に懇願した理由」
第6回「ホルモン治療の副作用で変化した「腋毛・乳房・陰部」のリアル」
第7回「恐い。吐き気は嫌だ……いよいよ始まった抗がん剤の『想定外の驚き』」
第8回「痛くも熱くもない〈放射線治療〉のリアル 照射台には僕の体の形に合わせて…」