ステージ4のがん患者となったベテラン医療ジャーナリストが読者に伝えたいこととは――。前立腺がんの治療を続けながら執筆を続ける長田昭二氏(58)が、抗がん剤治療を開始した際のエピソードや、その時に抱いた感慨について綴った。

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副作用の脱毛に備えて短髪に

 僕は床屋さんに行った。

 化学療法の副作用の脱毛に備えて、あらかじめ短く刈ってしまおうという魂胆だ。

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「今日はどうしましょうか」

「2ミリのバリカンで丸刈りにしてください」

 かなり勇気のある発言だ。要請を聞いた床屋氏は驚愕と不安の表情を湛え、「何があったのか」「本当に刈っていいのか」「悩みがあるなら話を聞くぞ」などと狼狽するかと思っていたのだが、何の反応も示すことなくバリカンを持つと、躊躇せずに我が頭髪を刈り始めた。

 ものの3分で「ほぼ丸坊主」となった我が全貌が鏡に映し出される。

「いかがでしょう」

 と床屋氏が言う。

 何しろ初めて見る顔なので、自分じゃないような気がして照れ臭い。恥ずかしくて凝視できない。

 仕方ないのでよく見ずに

「はい、結構です」

 と答えた。

 うちに帰ってからよく見よう、と思って、帽子をかぶって家に帰る。

 帰ってあらためて鏡でしげしげと見つめるのだが、やはり自分ではないような気がする。58年間付き合ってきた自分とは別のおじさんが鏡の中にいる。でも、僕が笑えばそのおじさんも笑うし、僕が変な顔をするとおじさんも変な顔をする。そもそもこのおじさんは何もしなくても変な顔なのだが……。

散髪後の筆者 ©文藝春秋

 ただ、見ようによっては尊敬する山口瞳先生に似ていなくもない。

「まあ、これはこれでいいじゃないか」

筆者が憧れる作家・山口瞳(1993年の第108回直木賞選考発表会見) ©文藝春秋

 これからは「山口瞳風の男」として生きて行くことにする。