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「この際、髪の毛は差し上げますので、吐き気だけは…」抗がん剤治療を受けた医療ジャーナリストの〈想定外〉

「この際、髪の毛は差し上げますので、吐き気だけは…」抗がん剤治療を受けた医療ジャーナリストの〈想定外〉

僕の前立腺がんレポート

2024/03/13

source : 文藝春秋 電子版オリジナル

genre : ライフ, 音楽, ライフスタイル, 医療, ヘルス

note

いよいよ入院

 11月1日、僕は帽子をかぶって東海大学医学部付属病院を訪れた。今回は叔母さん(心配性)とその娘(僕のいとこ)が同行し、いとこの亭主が車で送ってくれた。

 いよいよ化学療法が始まるのだ。

 もう逃げられない。

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神奈川県伊勢原市の東海大学医学部付属病院(筆者撮影)

 案内されたのは化学療法を受ける患者が入る病棟で、僕の部屋は「個室風4人部屋」という、名称の解釈に苦しむ部屋だった。入ってみると6人は収容できそうな面積の部屋に4つのベッドがあり、周囲はカーテンで仕切られている。カーテンだから物音や話し声はまる聞こえなのだが、一人の占有面積は確かに広く、部屋の中にシャワーがある(トイレは部屋を出てすぐ隣)。

 僕のベッドのわきの窓からは丹沢の山並みがよく見える。反対側の部屋からだと天気のいい日には相模湾や江の島が遠望できるのだが、僕は山のほうが好きなのでこの眺めで十分だ。

 4人部屋のうち僕を含めて3つのベッドが埋まっており、1つは空いているようだ。しかし、隣のベッドの患者は翌朝退院していったので、結果として僕は4人部屋を2人で使う形になった。

 看護師の説明によると、抗がん剤は明日投与するので、今日は点滴もしない。だから自由に過ごしていいとのこと。僕は来た時の服装のまま叔母さんといとこを駐車場まで見送り、その帰りに病院併設のスターバックスでコーヒーを買って病室に戻った。

「いよいよ明日から抗がん剤が入るのか。そうなると吐き気がつらくてコーヒーを味わうことなんてできなくなるんだろうな。これが人生最後のコーヒーかもしれないな」

 などと考えながら飲んだ。

 飲み終わるとやることがないので、「サロン」と呼ばれる小さなホールにパソコンを持っていき、書きかけの原稿などを書いたりして入院初日を過ごした。原稿を書きながらも、

「明日からは吐き気をこらえながら原稿を書くんだろうな。吐き気なしで書く原稿はこれが最後なんだろうな……」

 などと考えていた。

 18時過ぎに夕食が届けられる。メニューは、ごはん(180グラム)、のし鶏、白菜スープ煮キクラゲ入り、マカロニサラダ、フルーツ(マンゴー)。当然これも「最後の晩餐」的な思考を巡らせて食べる。

“最後の晩餐”と思い込んだ夕食(筆者撮影)

 21時に消灯。普段ならこれからもう一本原稿を書いたりする時刻だが、同室の先輩患者は電気を消して物音一つさせない。寝ているようだ。

 仕方ないので僕も電気を消し、「吐き気のない最後の夜」を堪能しているうちに眠ってしまった。