半世紀も年下の私が、なぜ赤松さんに惹かれたのか
自身のことを「鼻っ柱が強い」と評していたが、話を聞きながら感じたことがある。
赤松さんの持つ、健全な自信だ。既存の制度や常識を甘受せず「頭にくる」「なにさ」と反発できるのは、自分の能力を信じているからだ。私が「神様から授かった有能な……」と言いかけた時には、すかさず頭を指差して応えてくれた。
謙虚さや奥ゆかしさが女性の美徳とされていた――過去形ではないかもしれないが――社会に育ちながら、赤松さんは健全な自信を持ち続けた。そしてその能力を、自分の人生のためだけでなく、あらゆる女性の差別をなくすために使い続けた。
半世紀も年下の私が赤松さんに惹かれたのは、まさにこの点だった。
「苦労してきた女性たちの長い列に、私も加わった」
赤松さんは取材の最後、わずかな時代の差で職業人の道を歩めなかった7歳上の姉に触れて言った。
「私の時代はいい時代になったのよ。だからその中で自分の得たものを生かさないといけない、後に続く人たちにそれをバトンタッチしなきゃいけないなと、私は思ってきた」
「女性の解放というのは、例えば平塚らいてうとか市川房枝とか、苦労してきた女性たちの長い列があるんです。そういう列に私も加わった。後から来る人には言いたい。あなたにもその列に加わってほしいと」
このエールを記事にしてから2年後の2022年秋、仕事中に赤松さんを見かける機会があった。歩くのが日課だと話していた坂道の下に赤松さんがいたのだ。道路の反対側から呼びかけて手を振ったが、車の往来に阻まれて届かなかった。
ただ、赤松さん自身が“長い列”を歩み続けるために健康を保っている様子が嬉しく、こちらまで背筋が伸びる思いがした。
後から列に加わろうとする者に最後まで範を示す、完全燃焼の生き様がそこにあった
写真=末永裕樹/文藝春秋