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フロイトの精神療法は、効く人と効かない人がいる

 まず、カウンセリング・ルームの料金が高価なのは、たんに医療機関ではないので健康保険が適用されないためです。したがって、抗うつ薬より値段が高いから、そのぶん効果も高いはずだと期待するのは、根拠がありません。

 さらに、カウンセリングのように患者と治療者との対話を通じて病気をなおしていく方法を「精神療法」といいますが、この開祖といえるのは「精神分析」を打ち立てたフロイトでしょう。しかしフロイトが対象としたのは、かつて抑うつ神経症とよばれた性格的な要因が強い(心因性に近い)外来の患者であり、内因性の入院患者ではありませんでした。(28)

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 つまりカウンセリングは、過去のトラウマや周囲のストレス、それを許せない自分の性格といった、特定可能な「なんらかの原因」の存在が比較的はっきりしているうつ病、俗にいう相対的に「軽い」うつ病に効くのであって、原因を判別不能な「重い」精神病の患者には、さほど効果的でないとみられているのです。(29)

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 とくに双極性障害のばあいは、心ではなく脳の疾患なので、カウンセリングだけでなおることはないとされます。(30)

 それでも「副作用がない分、薬に頼るよりはましだ」とお考えになる方もいるかもしれませんが、カウンセリングにも副作用はあります。たとえば、もし治療を通じて「多額のお金を払いつづけてでも、この人に話を聞いてもらわないと私は生きていけない」と思いこむことになってしまったら、それは立派な副作用でしょう。(31)

 執拗(しつよう)に(標準的ではない投与法での)服薬を勧めながら、効果が出ないと「なおりたいという気持ちが足りないんだ」と私にいい放った精神科医は、民間に師をえてフロイト流の精神分析も習得した旨(むね)を、ホームページに記載していました。自身のうつ病経験を売りにしているカウンセラーが、「日本のうつ病患者なんて、途上国につれてって貧しい暮らしをみせてやれば一発でなおる」といった、日本の患者にも途上国の人にも失礼なことを、ブログに書いていた例もあります。

 残念ながら、心の専門家を名のる人が、よき心の持ち主とはかぎらないのです。

 むろん、カウンセリングに携(たずさ)わる人のすべてが、そういう悪しき人びとであるはずもありません。だからこそ、もしカウンセリングの力を借りたいと思うなら、かかりつけの医師に信頼できるカウンセラーを紹介してもらうなり、行政の窓口で低額の公的サービスを探すなりして、リスクや負担を減らす手順を踏むことをおすすめします。

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(28)木村敏『自分ということ』ちくま学芸文庫、2008年、201~202頁。抑うつ神経症については、岡田尊司『うつと気分障害』幻冬舎新書、2010年、39・42頁、および岩波明『うつ病 まだ語られていない真実』ちくま新書、2007年、86頁。
(29)ただし神経症でも長く持続する(なおりにくい)場合もあれば、精神病でも短期で治癒する事例もあるので、ほんとうは安易に一方を「軽い」、他方を「重い」とすることはできません。
(30)加藤忠史『双極性障害 躁うつ病への対処と治療』ちくま新書、2009年、111頁。
(31)坂元薫『うつ病の誤解と偏見を斬る』日本評論社、2014年、129頁。平成の日本で定期的に芸能ニュースをにぎわした「洗脳騒動」も、類似のメカニズムが働いていたものと思われます。