1ページ目から読む
3/3ページ目

 するとヤミ社会のバイヤーは、それを盗品と銘打って、別の人間に「底値」で転売する。たいていのバイヤーは、盗品であろうがなんであろうが気にしない。どうせまた別の誰かに売ってしまうのだ。喉から手が出るほどドルを欲しがっている日本の企業は、そこらにゴロゴロ転がっている。

 売買連鎖のどこかの時点で、誰かが小切手を現金化しようとすれば、ただの紙くずであることに気づいたはずだ。しかし、介在する人物が人物だから、出所をたどるのは不可能に近い。

二つの暴力団が主導権を誇示するために衝突

 ランスコのインチキ小切手のおもな運び屋は、銀座の制覇をねらう二つのヤクザ組織、〈住吉会〉と〈東声会〉だった。住吉会は、戦前からずっと銀座界隈を支配してきた伝統的な博徒グループ。東声会は、敗戦後の廃墟のなかからのしあがった、若い韓国人のごろつきグループである。

ADVERTISEMENT

 両者は、ことあるごとに縄張り争いを展開していた。アメリカ人から小切手を買いとる権利。1950年6月に勃発した朝鮮戦争から、休暇で日本に引きあげてくるGI(編集部注:米軍兵士)たちを“エスコート”する権利。さらには、銀座界隈に次から次へと開店しているナイトクラブ、キャバレー、ダンスホール、娯楽施設、賭博場のために、用心棒をつとめる権利などをめぐって。

 銀座四丁目の交差点に、屋上に大きな時計台を備えた七階建ての「服部ビル」が建っている。二つの暴力団は、主導権を誇示するために、しばしばそこで突発的に銃撃戦をくりひろげた。

 どちらも、「銀座警察」という異名を楽しんでいたフシがある。GHQに武器を没収されたあと、ほとんど木刀しか携帯できなかった日本の警察よりも、ヤクザのほうがよほどしっかり武装していたのだ。

外国人とヤクザは必要なときだけビジネスで顔を合わせる

 外国人と貧しきヤクザたちは、同じ銀座でも、社会的にまったく接点のない別世界で生きていた。

 ガイジン――「よそ者」を意味する言葉で、日本人は西洋人をそう呼んでいた――たちはもっぱら、銀座四丁目交差点にある〈ロッカー4〉などのきらびやかな軍用クラブに入りびたった。ロッカー4は、マルチフロアの新しい娯楽の殿堂で、そこには、瓦礫の山と化した街のあちこちから軍のシャトルバスでかき集められてくる、2000人のホステスたちが一堂に会していた。

 一方のヤクザたちは、今にも壊れそうなバーにたむろした。塗装もしていない粗末な板張りの床に、ビニール張りの止まり木とブース、悪臭を放つ“アウトドア”の男女兼用の便所……。

 両者は、ビジネスで必要なときだけ顔を合わせた。偽造小切手の売買や、マネーロンダリングなど、両者がかかわったユニークなヴェンチャー・ビジネスは、枚挙にいとまがない。