戦後の混乱に乗じて、裏社会から成り上がったイタリア系アメリカ人、ニック・ザペッティ。六本木で「ニコラス」というレストランを経営する彼のもとには日々さまざまなトラブルが舞い込んでいた。

 ここでは、ジャーナリストのロバート・ホワイティング氏の著書『東京アンダーワールド』(角川新書)の一部を抜粋。力道山とも親交のあったニック・ザペッティが体験した、とある刺激的なエピソードを紹介する。(全2回の1回目/続きを読む)

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東京のマフィア・ボス

 六本木のホットなレストラン〈ニコラス〉の経営者ほど、店の収益をあげるために、東京のヤミ社会をたくみに利用したアメリカ人はいない。

 たとえば、ザペッティと〈クラブ88〉とのもめごとが、それを如実に物語っている。

 近隣には数々のナイトクラブがオープンしていた。クラブ88もその一つで、薄暗い部屋に黒っぽいカーテンをかけ、ガウンをまとったホステスと、ライヴのショーを呼び物にしている。そのクラブが、やがてピザを出すようになったのが、そもそもの発端だ。

 メニューには、無断で〈ニコラス・ピザ〉と書かれていた。

 ザペッティはマネージャーに文句を言いにいった。レオ・プレスコットという、40代のイギリス人だ。しかし彼は、メニューを変えるつもりはないという。これほど「ありふれた名前」に、特許を云々するほうがおかしい、と。

“嵐”の被害にあった三軒の店が六本木から姿を消す

 ある晩、ザペッティは力道山に、さり気なく悩みを打ち明けた。通りすがりに、「どうしようかなぁ」と声に出しただけだ。するとレスラーは、俺の気に入ってるレストランのために一肌脱ごう、と言いだした。

「嵐を起こしにいこうぜ」とリキ。

 2、3日後の晩、リキと、リキが雇った屈強な友人と、ニックとで、〈クラブ88〉に出かけていった。

 まもなく、ニックが見ている前で、リキと友人は猛烈な喧嘩ごっこを始めた。お互いにパンチを食らわすと見せかけて、わざと的を外し、ウェイターをぶん殴る。テーブルと椅子を部屋の反対側まで投げつけると、片側の壁にとりつけられた大きな鏡は割れ、カウンターの奥に並んだボトルも、ガラガラと落ちて粉々になった。二人はさらに、部屋の隅に置かれたグランドピアノも破壊した。

 マネージャーは恐怖に青ざめて、茫然と立ちつくすばかり。喧嘩を止めようとするが、まったく効果なし。ようやく二人がさやをおさめたときには、店内は瓦礫の山と化していた。