その一方で、自分と対話する時間も増えるので自律心も芽生える。さまざまなミッションをこなすごとに成長する自分の姿を見ることができるので、僕自身とても不思議だった。特に僕は会社で1人、鏡に向かって練習をしていた環境から、同じ夢を持つ同志とレッスンを受けられる環境に自分がいることが夢のようだった。自然ともっと上手くなりたいと思う気持ちと、もっと練習したい意欲が湧き出ていた。
睡眠時間は2時間あるかないか…オーディションの過酷な裏側
ただ、練習生の中には辞めたい、めんどくさい、辛いといったネガティブな発言しか言わない子も多かった。もちろん大変なミッションもあったから、理解できないことはない。あるミッションでは、1日で歌詞と振り付けを覚えなければならない過酷なものもあった。人数が多い分、全員が鏡の前で練習できるわけではないので、壁に向かって練習する子もいれば、諦めて座り込んでしまう子もいた。全体練習は日をまたぐ前に終わったが、深夜まで練習する人がほとんどだった。
中には僕のように一番人の少ない早朝に練習する人もいたけれど、ほとんどの人はアラームがないから起きられなかった。しかも実際の睡眠時間は2時間あるかないかなので、自力で起きるのは不可能に近かった。そんな状況が数日でも続けば、気が滅入ってくるのは当然だ。普段できていることが突然できなくなったと言っている人もいたくらい、みんなが切羽詰まっていた。
極限状態の参加者から見える“人間らしさ”が番組を面白くする
でも僕はそんな状況すら幸せに感じていた。そう思えた要因はいくつかあると思うが、結果の重要性は30%くらいにして、残りの70%は「今を本気で楽しもう」と心から思っていたことが大きい。今に集中することで、目の前で起きている状況をシンプルに受け止めることができた。
例えば、明日までに歌詞を覚える必要があるのなら、ただひたすらに覚えてみる。鏡が1つしかなく、みんなが使っているのなら、誰よりも早く起きて練習室に向かってみる、ただこれだけだった。この考え方のおかげで、環境のせいにする時間を自分と向き合う時間に使い、何が今の自分にとって正解なのかを見つけやすくなった。
切羽詰まることもたくさんあったけれど、それすら楽しんでしまうのだから、番組側としてはつまらない人材だと思ったことだろう。視聴者の感情を刺激するためには、参加者を極限の状態にまで追い込む必要があった。そうすることで見える人間らしさや人間模様が番組を面白くした。だから僕みたいに、ひたすら一生懸命に取り組む姿だけでは全く面白くならない。その当時の僕はそれが分からなかった。だから僕が番組に映ることは、ほとんどなかった。