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 そして所属事務所ごとに順番にスタジオに入って行くのだが、もちろん僕は1人での入場となった。席の椅子がピラミッドのように並べてあり、数字が書いてある。ピラミッドのテッペンには「1」と書かれた席がキラキラと輝いていた。どの席に座るかは自由だったので、僕は「11」と書かれた席に座った。なぜなら最終合格者の数が11人だったから、最後まで残れるようにとの願いを込めたのだ。

センターを決める最初のミッションの内容

 最初のミッションは番組のメインソングとなる曲のセンターを決めるものだった。まずは練習生がそれぞれ準備してきたパフォーマンスを講師陣に披露し、A・B・C・D・Fの5段階にレベル分けされた。僕もそれなりに大きいステージに立った経験はあったけれど、100人の練習生と講師陣の前で披露し、評価されることなんて人生で初めてだったからとても緊張した。しかも番組側からの依頼で日本語の曲を準備していたので、どんな反応をされるか、罵声を浴びるんじゃないかとステージに上がるまで不安だった。

 実際、僕のステージが始まると予想通り会場がざわついた。でもここでおどおどしていてもしょうがない。このステージのために全てをかけて準備してきた想いを必死になって表現した。ステージが終わると僕を待っていたのは、罵声ではなく大きな拍手だった。よかったとほっとしたのも束の間、すぐに質疑応答をされたが、正直何を聞かれたかは覚えていない。

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画像はイメージです ©アフロ

100人いる練習生のなかで日本人は1人だけ

 それよりも僕はここで、あることに気付いてしまう。100人いる練習生をいくら見渡しても日本人らしき人が見当たらなかったのだ。練習生は皆、名前の書かれたゼッケンを付けていたので、日本人の名前ならすぐに分かるはずだった。それなのに「翔太」とか「裕也」とか日本人の名前が1つもない。僕は急に帰りたくなった。どんな状況でもやり遂げて見せると覚悟を決めた裏で、それまでたった1人で練習してきた僕が、韓国語もまだ30%ほどの僕が、100人の韓国人(実際は中国人も数名いた)の中でやっていけるはずがない、という不安と、日本人がいれば何かあった時に頼ることができる、という逃げ道への期待があったのだと思う。

 でも僕以外に日本人がいなかったことで、僕は自分で苦難を乗り越えることの大切さを学び成長することができたし、日本人の視聴者からも、たった1人の日本人を応援しようとたくさんのエールを送っていただいたことを考えると、僕1人でよかったのだなと思える。ただ1つだけ、出演が決まった時に「友達100人できるかな」なんて呑気なことを考えていたことは反省した。