(4)ファッションデザイナーのおねえさん・マキ
「ルージュの伝言」との関係を考えるには、キキと接点のあった、忘れてはいけない女性キャラクターを経由しなくてはならない。それはグーチョキパン店の近くに住むファッションデザイナーのおねえさんだ。
彼女の名前はマキ。彼女は、キキの最初のお客さんで、甥っ子の誕生日プレゼントとして、黒猫のぬいぐるみを運ぶことを依頼する。
都会的で洗練された大人へのあこがれ
彼女自身は、ほかの3人の女性のように、キキの物語にそこまで深く関わることはない。しかし、印象に残るシーンがある。それはキキがグーチョキパン店の店番をしている時のこと。店の前の道路を歩いていくおねえさんに店内から挨拶したキキは、彼女の背中を見送りながら「ステキね……。ファッションデザイナーなんだって」と漏らすのだ。
もちろんキキは、ファッションデザイナー志望ではない。この「ステキね」というつぶやきは、おねえさんの“都会的”で“洗練された大人な物腰”への憧れからでてきた言葉だ。
この「ステキね」とよく似た「ステキ」を、キキはその前にも発している。
ふわっとした甘い憧れを表す言葉の「ステキ」
例えば、旅立ちの日に口にした「ひと月のばして、ステキなボーイフレンドでも現れたらどうするの? それこそ出発できやしないわ!」という台詞の「ステキ」。この時、キキは具体的な誰かを想定しているわけではない。ただ、自分の中のふわっとした甘い憧れを表す言葉として「ステキ」が使われている。
また、一人暮らしを始めたばかりのときも「ステキ」は登場する。生活必需品を買い揃え「暮らすって、物入りねぇ……」と感じた直後、キキはショーウィンドウの赤いかわいい靴に見惚れる。今の自分にとってはとても手に届かない「憧れ」の対象を前にして、「ステキね」と言葉を出したのだ。
“都会的”や“大人”など、自分の中にある「憧れ」を表す言葉としての「ステキ」。そんなキキならば、「ルージュの伝言」を聞いてもやはり「ステキ」と漏らすのではないだろうか。
浮気した男性の母親に会うために…
ご存知のとおり「ルージュの伝言」は、1975年に荒井由実(現・松任谷由実)がリリースした5枚目のシングルで、同年発売のアルバム『COBALT HOUR』に収録されている。歌は、浮気をした男性に対し、女性はバスルームにルージュで伝言を残し、彼の母親に会うために家を出る、という内容。
山下達郎の手によるドゥーワップのコーラスもあり、オールディーズの雰囲気を持つこの曲は、スクリューボール・コメディのような楽しさで恋愛模様を描き出す。