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「小笠原千賀子」のフランス渡航情報が結果的に空振りだったことに続き、今度は日本が解き放った広域暴力団のナンバー2の来訪だ。日本は、またしてもフランスに「治安攪乱要因」を送り込むことになる。そうなった顛末や、日本の暴力団組織の概要は伝えなければならない。私は何とも言えない気持ちでカウンターパートの前にいた。

《フランス共和国の領土内において、国家権力により教唆され、企図され、又は支援された、フランス共和国の安全を脅かす活動を調査し、予防し鎮圧する》(1982年12月22日付政令第82-1100)ことを任務とするDSTにとって、日本の暴力団など、本来の職分とは無関係だ。

 DSTにとっては、仏伊映画「ボルサリーノ」でアラン・ドロンやジャン=ポール・ベルモンドが演じた世界よりも遠いに違いない。それに、そもそも組織暴力対策を担うのは、ジュール・メグレ警視やカミーユ・ヴェルーヴェン警部で有名な「司法警察」(Police Judiciaire)であることも十分に承知していた。

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「本件は組織暴力の大幹部の出入国管理と犯罪対策に関する事項であり、主として司法警察局の分掌と考えるが、貴局に通告したことで国家警察総局に通告したということになるのか」

 私はまず、通告窓口を確認した上で、続けた。

我こそ「フランス治安の要」

「日仏共同で進めたオペレーションへの貴局の取り組みを考えると、貴国への脅威の侵入阻止という観点から、本件の取扱いについても貴局が最も適しているのではないか」

 これにDST担当官が、気の利いた言葉で応じる。

「ムッシュ・キタムラ、我が国の治安に重大な影響を及ぼす可能性のある、貴重な情報の提供に感謝する。本件については、国家警察総局内、例えば国境警察局等との調整や司法省、国防省国家憲兵隊との対外折衝は、全てDSTにおいて行う。オペレーションについても我々が直接ハンドリングするので、このチャンネルをそのまま維持してほしい」

「小笠原千賀子」入国情報の空振りに対する気兼ねなど、全く無用だった。我こそ「フランス治安の要」であるという強烈なプライド――。DSTの本流意識を見た瞬間だった。

 翻って「治安攪乱要因」を送り出す側となる我が国はどうか。「裁判官が認めたのだから、仕方がない」――。そこには国家として対外関係についての考慮は一切存在しなかった。裁判所、検察、警察は、暴力団の国際進出動向に如何に対処すべきなのか。基本的な視点と主体性の欠如も甚だしかった。