「こいつ腹立つな。しばいたろうか」
その翌年、中村さんは共通の趣味を持つ同じ歳の女性と知り合い、37歳で再婚した。
「DVとは価値観の押し付けです。その押し付けが発生する心のメカニズムは、それまで生きてきた環境の中で身体に染み付いているので、変えるのは容易ではありません。例えばスポーツや武道には、見た目も綺麗で安全な体の動かし方、フォーム・型がありますが、間違った『型』では、なかなか思うように上達しませんよね。考え方やコミュニケーションも同じで、身体に染み付いてしまった間違った『型』を覚え直すには、しんどさを感じない正しい『型』を間近で見ながら、自分もそれに合わせていくという作業を継続していくことが必要になるかと思います」
味沢さんのグループワークに参加して1年と少し過ぎた頃、中村さんは数年ぶりに会った友人に「なんだか付き合いやすくなったね」と言われた。
翌年からはグループワークに加え、支援者としての心構えやカウンセリングのロールプレイ実習などを学び、「メンズカウンセラー」の資格を取得。
現在はフリーでエンジニアをしながら、DV当事者のカウンセリングを請けたり、脱暴力のグループワークにファシリテーターとして参加。かつて自主退社に追い込まれた経験から、2021年にはキャリアコンサルタントの資格も取得し、仕事に関する悩み専門のカウンセリングも請けている。
多忙で充実した生活を送る中村さんだが、家庭では6歳の男の子の父親として育児にも積極的に関わる。
「生まれてからしばらくはただただ可愛いと思うばかりでしたが、最近はワガママを言われたときなど、私が子どもの頃より穏やかに過ごすことができている息子を『ずるい』と感じてしまう時があります」
筆者はこれまで50人近くの毒親育ちの人に取材をしてきたが、子育てをしている毒親育ちの人の多くが、「虐待を受けずに育っている自分の子どもをずるいと思う。嫉妬する」と話していた。この「ずるい」「嫉妬」という感情に屈したとき、子どもへの虐待が始まるのかもしれない。
「やっぱり心身ともに余裕がないときなどは、ハラスメントの衝動に駆られることが今でもあります。でもその衝動を否定しないことです。例えば子どもが生意気言ってきて、『こいつ腹立つな、しばいたろうか』って思ったとしても、自分を肯定してあげる。本当に殴ったらだめですが、『そんなことを言われたら殴りたくもなるよね』って受け入れて、『殴るなんていけないことだ』と自分で自分を否定しない。自己否定は抑圧になってしんどくなり、いつか爆発してしまいますから……」
両親からは否定され続けて育ち、前の結婚では自分で自分を否定してきた中村さんだからこそ、その言葉は説得力を持つ。
「前の結婚の時は『男はこうあるべき』みたいなものに囚われて、元妻には弱みを見せないようにしていましたが、今はお互いに弱みを出し合うようにしています。カッコつけて強がって、爆発するより全然いいかなと思います」