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間違った「型」

 両親がDVに走る瞬間のスイッチは、「自分に対する否定的な言葉」だった。そしていつしかそのスイッチは、中村さん自身が爆発するスイッチにもなっていた。

「私の両親は、365日、四六時中暴力をふるっていたわけではありません。時には平和な団欒もありました。ただ、私が否定や意見をした瞬間に両親、特に父親は人が変わったかのような反応をすることが多かった。『あなたと私の価値観は違う』という線引きも許されていなかったように思います」

 中村さんの両親も、その両親(中村さんにとっての祖父母)から暴力をふるわれていたという。その経験や記憶は「トラウマ」となり、後に自分の子どもにも「トラウマ」を与えるに至ってしまった。

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 中村家の場合は父親から母親への暴力があっただけでなく、母親から中村さんへの暴力もあった。“被害者”であったはずの母親が、自分に暴力をふるう“加害者”に豹変する家庭で育った中村さんは、間違った「型」を覚え、自分自身も“加害者”であったり“被害者”であったりするようになってしまった。

「社会にはDVの他にも、会社や部活でのパワハラなど、さまざまな場面での人間関係やコミュニケーションにおける、辛さ・しんどさが散らばっています。『暴力は連鎖する』と言いますが、その連鎖を断ち切り、現在の家庭では真に対等な相互コミュニケーションの連鎖を作ることができればと思っています」

写真はイメージ ©️AFLO

「トラウマ」の連鎖を断ち切るために

 中村さんは、自主退社に追い込まれた36歳の頃に両親と縁を切り、10年以上連絡を取っていない。最後に、「万が一両親に介護が必要になったとしたら」という質問をすると、「拒否します」と即答した。

「両親と接することで、暴力的コミュニケーションに引き戻されてしまう状況を避けたいからです。私は親の中で消化できない思いが『トラウマ』となってそのまま表出することで、子どもに連鎖すると考えています。『連鎖を止める』『自分の代で終わりにする』ためにも、両親との過去を自分の中で消化して、これからの人生は子どもとの関係を見つめることに捧げたいと考えています」

 どんなに頑張って過去を消化しても、「トラウマ」を抱えたまま変わらない両親と接すれば、再び消化しきれない思いが積もり得る。

 中村さんは現在も、「トラウマ」の連鎖を断ち切るために戦い続けている。