一昔前は「ハブ毒を吸い出す時に、虫歯があると歯が全部抜けます」と公然と言われていた。虫歯があったら、吸わない方がいい、もし毒を吸い出したらその場で吐けと文書にまでなって流通していた。
もちろん、そんなことはない。それどころか、おススメしないがハブ毒はごくりと飲んでも問題ない。
私は子供向けのハブ対策の啓発講座で「ハブに咬まれた人が周りにいたら吸い出してあげてね」と話すが、子供にしてみれば「毒を吸い出すなんて怖い」と感じるようだ。もっともだろう。大人ですら一昔前は飲むどころか口に含むだけでも危険と平然と警告されていたのだから。
そうした不安を払拭するためにも少し前まで私は子供たちの前で毒を舐めていた。あるときは歯科医院で抜歯した翌日に「おじさんの歯からは血が出ていますが、大丈夫ですよ」とシャーレに毒を落とし、ペロリとしても問題ない姿を見せていた。
なぜ飲んでも大丈夫なのか
マングースバスターズの隊員向けに勉強会を開いたときにも、シャーレに絞った毒を私が舐めてみせたら、隊員の西真弘さんが残りの毒を「俺も俺も」と飲み干していた。彼はアレルギー性の皮膚炎持ちだから「大丈夫かよ」と眺めていたが、特に何も起きなかった。結果良ければ全てよしといっていいのかはわからないが。
ハブ捕り名人の南竹一郎さんはもっとすごくて、ハブから毒を絞りに絞って、1匹分を飲み干した。なんでそんな飲み方をしたのかは詳しく覚えていないが、飲んだら翌日に胃が焼けるように痛くなったとこぼしていた。
南さんが胃痛になったことと、ハブの毒を人が飲んでも平気なこととは大きく関係がある。ハブの毒がなぜ飲んでも問題ないかは解明されてはいないが、有力な仮説があるのだ。
人間の胃液や腸液を思い浮かべてもらえればわかりやすいだろう。
消化酵素は食べ物を消化するが消化管の粘膜に作用しない。粘液が中和するから、消化酵素は食べ物を溶かしても自分の口の中や胃や腸は溶けない。